科学研究者の事件と倫理、白楽ロックビル著、3,360円(税込)、単行本、320ページ、講談社、2011年9月
科学研究者の事件と倫理、白楽ロックビル著、3,360円(税込)、単行本、320ページ、講談社、2011年9月
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白楽ロックビル氏。お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 教授。1947年、横浜生まれ。1974年に名古屋大学大学院 理学研究科 分子生物学専攻を修了。専門は細胞生物学とバイオ政治学。(写真:加藤 康)
白楽ロックビル氏。お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 教授。1947年、横浜生まれ。1974年に名古屋大学大学院 理学研究科 分子生物学専攻を修了。専門は細胞生物学とバイオ政治学。(写真:加藤 康)
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 1874(明治7)年~2009(平成21)年の136年間に起こった「研究者の事件」のデータベースを、10年以上をかけて学生と共に作りました。研究者の事件とは、大学や研究所、企業に属する研究者が関与した、データのねつ造や論文の盗用、研究費の不正利用、セクハラなどの不祥事を指します。本書は、そのデータベースから得られた知見を紹介したものです。

 私のもともとの専門は細胞生物学。がんの増殖や転移に深く関わる、細胞同士が接着するメカニズムを研究していました。転機になったのは、1990年代半ばに米国で科学研究費の配分に関する研究に携わったこと。これを機に“科学研究と社会の関係”により強い関心が向くようになりました。そこで、生命科学の研究を国民の幸福に結び付けるにはどうすればよいかを追求する学問として、“バイオ政治学”を提唱しました。

 1998年に研究者の事件のデータベース化に着手したのは、その延長線上の取り組みです。研究者の不祥事は、科学技術に対する社会の信用を失わせます。国民が研究者に不信の目を向けるようになれば、科学研究の基盤は根底から崩れてしまう。過去の事件をデータベース化することによって初めて、データや根拠に基づいた有効な再発防止策を打てると考えたのです。

 それと同時に、薬害や原発事故などさまざまな事件の責任を第一に問われるべきなのは、他ならぬ研究者なのだという思いが出発点にありました。何でも経営者の責任にしようとする風潮に、アンチテーゼを投げ掛けたかった。

 今回、データベースの作成を通じて痛感したのは、研究現場に即したルールの不在です。研究費の不正利用などの多くの事例で、どこまでが不正なのかの線引きが不明瞭であり、一定の線引きがある場合でも現場の実態に即していないことが多い。このことは、研究者は誰もが無自覚のうちに不祥事に関わり得ることを意味しています。

 これを防ぐために重要なのは、“研究者の倫理を正す”ことではないはずです。研究者をあらぬ事件に巻き込まないためのシステムを現場の実態に即して作ることが、喫緊の課題でしょう。政府や学会がそれを主導すべきですが、日本での動きは米国などに比べて非常に鈍い。もどかしい思いです。(談、聞き手は大下淳一)

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