中国には、イノベーションを起こすための多くの条件が揃っている。そして実際にノベーションの創出が始まっている。しかし、順調にどんどんイノベーションが生まれて、中国が世界の発展を牽引できるとは思っていない。その理由は、中国ではイノベーションの創出を阻害する要因が、依然根強く存在しているからだ。

 イノベーションは、人材、資金、技術、ニーズがあれば、自然に起きることではない。イノベーションの創出を促進する「文化」や「環境」も重要である。中国は、まだそのような「文化」や「環境」が整っていないと認識している。

 中国では、イノベーションを妨げる要因が大きく三つある。それは権力社会、関係社会、実用主義である。それらは中国社会の「特質」とも言える。

権力社会

 中国社会の特質といえば、「権力社会」がその中の重要な一つである。中国語には、昔から「官本位」という言葉がある。官が持っている権力がすべての基準であり、権力さえあれば何でもできるということだ。これは複雑なトピックなので、ここでは主に大学関連の話題にだけ触れてみたい。

 自分自身としては、海外に出てはじめて分かったが、中国の大学は中国の「権力社会」に染みついていることを深くは感じていないだろう。

 私は大学の時に日本に留学した。ある新しい学年になる前の話だ。研究室の指導先生が、「来年専攻の主任になる。任期は1年」と淡々と仰っていた。どうして1年だけなのか、好奇心で先生の助手に聞いたところ、ちょっと吃驚した。この専攻の主任というポジションは、先生の間で順番で毎年代わって担当しているようなのだ。

 どうして吃驚したかというと、中国において専攻の主任といえば、利権と繋がるからだ。専攻内部の人事任命、昇格、研究費用の配分、海外研修などの決定権を持つので、先生達の多くはその職を狙っていると言えるほど、付加価値が高いポジションだ。専攻の主任だけではなく、大学の人事や総務などの行政部門の職も人気を集める。研究内容がぱっとしなくても、行政職があれば、待遇は著名な教授よりも負けないほどだ。中国の大学のホームページでは、行政部門や幹部の紹介が目立つように掲載されている。「官」が技術者や研究者より優位なのである。

 しかし日本では、教授会で教員人事、教育課程関連などの重要事項を審議して決めるので、専攻の主任に着任することにそれほどのメリットがない。かえって、時間を使わなくてはならない事務的なことが多い。そのため、やりたい人が少ないのは当然のことなのである。

リーダーの存在感の違い
日欧米:それほど偉い存在ではない
中国:かなり偉い存在となる

 社会人になった後も、似たようなことを感じていた。日本の省庁の副大臣は一人か二人の場合が多く、数百人規模の会社でも副社長の席がないケースは多い。それと比べて、中国の政府機関や国有企業では、副大臣、副市長、副社長、副所長のようなポジションが多数存在する。中央から地方まで、巨大な権力ネットワークが構築されている。

 中国では「改革・開放」という国策が始まってから、経済は急速に発展してきたが、中国社会の基本構造は大きく変わっていない。権力は市場経済と結合し、権力による金銭的な利権は「改革・開放」以前よりはるかに拡大され、大きな社会問題にもなった。

 革新的な技術の研究と開発を担う大学や研究機関も、その複雑な権力社会に覆われているので、研究者は研究開発の費用や自分の実益を拡大するために、権力を追求せざるを得ない。そのため、落ち着いて研究開発に集中することができない。場合によっては、大学や研究機関の独立性は失われ、何を研究し何を開発するかは、権力の争いと利益の争いにも大きく影響される。このように、イノベーションを起こすための自由な思考、独自の探索といった環境が不十分であり、独創的な研究開発に全力が取り組むのは難しいと考える。