Anobitのコントローラは携帯端末の市場で強く、iPhoneやiPadなどに搭載されていると言われています。一方、パソコンやサーバーで強いコントローラは、米国のベンチャー企業であるSandForceの製品です。

 この10月には米国の大手半導体メーカーであるLSIがSandForceを3億2200万ドル(約250億円)で買収するという発表もありました。AppleがAnobitを買収するかは現時点ではわかりませんが、世界の様々な企業が、フラッシュ・メモリというハードウエアを生かしきるシステム技術・コントローラの大きな付加価値に注目しているのです。

 数百億円で買収されるベンチャー企業というと、高価な装置をもったハイテク企業を想像されるかもしれませんが、そんなことはありません。ベンチャー企業が持っている資産は、技術のアイデアと特許、人材(エンジニア)だけです。実際、ベンチャー企業のオフィスにあるのは、デスクやパソコンと、オシロスコープなどの計測装置だけ。大学の研究室と変わりません。

 実はフラッシュ・メモリの制御システムやコントローラは私が東大で行っている研究で、Anobitは私のライバルです。半導体のオリンピックと言われる、来年の2月のISSCC(International Solid-State Circuits Conference)という学会で、我々はメモリの寿命を10倍伸ばすコントローラを発表する予定です。この技術で私たちはAnobitを追い越したと思った矢先の、AppleによるAnobit買収報道でした。

 Anobitのエンジニアの多くはMsystemsという、同じくイスラエルのコントローラのメーカーの出身で、かつて私が東芝に居た時に、フラッシュ・メモリのコントローラを共同で開発しました。SandForceにいたっては、私の友人のエンジニアが創業したので、創業時から技術顧問として開発のアドバイスをしてきました。

 知人・友人が次々に10~100億円もの巨額な富を手に入れていくのは、驚きながらも、正直なところ、少し複雑な気持ちです。恥ずかしながら、自分が開発してきたハードウエアの持つ大きな可能性に、今まで私は気付いていませんでした。自分もベンチャーをやっておけば良かった・・・という後悔もあります。でも、起業という大きなリスクを取らずに、大学という安全地帯で技術開発をしている私には悔しがる資格は無いのですが。

 個人的なことはさておき、価格競争に巻き込まれないような、アプリケーションを見据えたハードウエアの技術、ハードウエアを使いこなすシステム技術は、半導体に限りません。先日、日本の電機メーカーでハードウエアを生かしたサービスビジネスを進める方から、

「君は東レから学びなさい」

というアドバイスを頂きました。東レは1926年に創業された、もともとは繊維素材のメーカーです。ナイロンやポリエステル、アクリルといった「古いものづくりの企業」というイメージがあるかもしれません。しかし、現在では総合化学メーカーとして、世界で東レしか作れない高い付加価値の製品を開発し販売しています。