中国では正月を旧暦で祝う。2012年の春節(旧暦元旦)は1月23日と、例年より2週間程度早く訪れるのだが、それでも12月の上海はまだ、街にも人にも、日本の師走のような、年の瀬の慌ただしさは感じられないのが常だ。

 こうした中、EMS/ODM業界では11月30日から12月2日のわずか3日の間に人事をめぐる2つの大きな動きがあり、教師ならぬ経済記者たちを大いに走り回らせることになった。いずれもEMS世界最大手の台湾Foxconn(フォックスコン=鴻海)社がらみのものだ。

 まずは11月30日、フォックスコンの子会社で香港市場に上場する携帯電話の受託生産メーカー、Foxconn International(富士康国際)社が、同社トップの陳偉良・董事長の辞任を発表。そして12月2日には、フォックスコン董事長の郭台銘氏とフォックスコンが大株主を務める液晶パネル大手の台湾Chimei Innolux(CMI=奇美電、旧CMO)社が、同社トップの廖錦祥・董事長の辞任を発表した。いずれも事前に辞任の観測が全く出ていなかったため、台湾や中国のメディアは「閃電」(電撃)という形容で辞任劇を伝えた。

 このうちCMIの辞任劇については、廖氏の辞任時点で後任の董事長が発表されなかった。このため、この稿が出るころには事態が大きく動いている可能性もあるので、今回は最小限の言及にとどめておくことにするが、台湾・中国のメディアは、同社の経営をめぐって、フォックスコンの郭氏と、最大株主で廖氏が率いる台湾Chi Mei(奇美実業)社側との主導権争いが激化したことが背景にあるとの見方をしている。

 欧州の信用不安に端を発する世界的な景気の減速や、先進国・地域で薄型テレビの普及が飽和に達しつつあることなどを背景に、液晶パネル業界は2011年、テレビ用の大型パネルを中心に大きな落ち込みを見せた。

タイトル
台湾一の高さを誇る超高層ビル「台北101」。台湾系パネルメーカーの赤字を形容するのに引き合いに出される日が来るとは誰も思わなかった?

 台湾でも、韓国Samsung Electronics社、韓国LG Display社と並んで大手の一角を占めるCMI、台湾AU Optronics(AUO=友達光電)社のほか、中小型パネルに主力をシフトしつつある台湾Chunghwa Picture Tubes(CPT=中華映管)社、台湾HannStar Display(彩昌)社で損失が拡大した。2011年第2四半期の業績が出そろった8月初旬時点で台湾系マスコミは、台湾系パネルメーカーが過去1年に計上した損失額について、CMI、AUOの2社合わせて約904億NTドル(1NTドル=約2.5円)、CPTとHannStarを加えた4社では1200億NTドルにまで膨れ上がったと指摘。そしてこの金額が、台北のシンボルである101階建ての超高層ビル、「台北101」2本分の建築費に相当するものだとして、損失の巨大さ、深刻さを伝えていた。

 こうした中、CMIは11月、急場の資金不足解消のため、シンジケートローンによる400億~600億NTドルの調達を計画。これに対し銀行団は、大株主であるフォックスコンのトップ、郭台銘・董事長が、CMIに対する増資など、CMIを支持する姿勢を明らかにしていない点を挙げ、融資に難色を示した。これにより銀行団との交渉に当たって廖氏は徐々に窮地に追い込まれていった。

 フォックスコンの郭氏は2011年1月、スマートフォンやタブレットPCの台頭で成長が期待できる中小型パネルとタッチパネル事業をCMIから分離・分社した上で上場することを計画した。しかし、Chi Mei側がこれを渋ったため計画が頓挫。これを受け郭氏は、CMIと切り離す形でタッチパネル事業の推進を図る方向に方針を転換したが、この一件で、郭氏とChi Mei側との対立が浮き彫りになった。

 台湾の市場や業界では、シンジケートローンの問題にからみ、郭氏が一貫して沈黙を守っているのは、これらChi Mei側との一連の対立が背景にあると見ている。12月2日の公示でCMIは、廖氏辞任の理由を健康上の問題としている。これについても市場や業界では、郭氏の保証の取り付けにも銀行団の説得にも失敗した廖氏の辞任は、Chi Meiがパネル産業から撤退することを決めた表れだと分析。これから満を持して郭氏が表舞台に登場し、CMIの全権を掌握するとの見方が大勢を占めている。