これまでの長い交渉が終わり、中国側、日本側の関係者全員出席による宴会が開かれた。「乾杯、乾杯」の嵐でどんどんアルコールの瓶が空いていく。大きな商談がまとまったときは、酒の格もどんどん上がっていく。今回は「40年モノ」のマオタイが登場。日本人にはピントこないかも知れないが、40年前といえば中国は文化大革命の真っ只中である。その激動の時代を生き抜いてきた酒は、そこらの酒とはぜんぜん違うのだ。瓶には大きな星のマーク。まさにこの酒が人民解放軍によって厳重に保管されてきたことを表す。

 こうして、ベロンベロンに酔ってしまう経営幹部の脇には、酒をひかえている日中双方の実務者がいる。彼らには、まだ大きな仕事が残っているのだ。それは、後日作成される契約書の基礎となる、今日の議事録をまとめることだ。議事録は中国側の通訳が中心になって記述することになっているので、日本側はそれをきちっとチェックしなければならない。

 深夜になって、中国側からその議事録がメールで送られてきた。さっと目を通して、若干の修正を加え、相手に返信してから寝よう。そう思い、議事録のファイルを開けてみて、絶句した。その議事録に書かれている内容も決定事項も会議の内容とはまるでかけ離れているのだ。そもそも、日本側の主張、意見については一切記述がない。おおむね合っているのは日付と参加者ぐらいのものだ。あわてて議事録を書いた担当者に電話をかける。

「何で決定事項が変わってしまっているのですか?」
「いや、変わってなんかいませんよ。多少の追加や補足はしておきましたが」
「だれに相談して、補足や追加をしたのですか?」
「誰にも相談していません。私の思ったことを記述しておきましたが、何か問題でも」

 議事録作成についてはしばしば、日中の実務者の間で問題が発生する。私が参画した会議でも毎回発生するといっても過言ではない。それにはいくつかのパターンがある。

(1)決定事項と現状記述が入り乱れる
中国語では、過去形は「了(ラ)」を付ける。けれど、実際の内容は過去のことでもこの了を付けなかったり、付けても聞こえにくかったりする。だから、本来は決定事項として議事録に入れておくべきことが、書き手によっては、決定(過去形)ではなく単なる事実(現在形)になってしまう。このことが、内容を曖昧にしてしまう。

(2)自分だけの意見が記述される
自らの意見、主張事項が中心に記述されていて、相手の主張や意見、反論など抜け落ちているケースがよくある。議事録の書き手は本来、客観的に議事の内容を記述すべきである。それができていない。自己主張が強い人が担当すると、それが顕著になる。書き手の意見だけを述べた感想文にしかなっていない場合すらある。

 ただし、これらの問題が解決できれば安心、ということでもない。議事録に決定事項や約束事項がちゃんと盛り込まれていても、必ずしもその内容が遂行されるとは限らないからだ。多くの場合、決定事項は努力目標になってしまう。中国では「よりよく現状に合わせて決定事項を変えていく」という考え方が一般的なのである。決して悪気はない。「もっとよい解決方法があるのに、なぜ過去の決定事項に縛られなければならないのか」と彼らは考えるのである。

 だからこそ、「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」を双方に徹底させる必要がある。ここで注意したいのは、中国側にはホウレンソウを強要しておいて、日本側はホウレンソウをしないケースが多いことだ。「中国側に約束を守らせるためのもの」ということで、何やら上司が部下を監督するような気持ちになっているのかもしれない。あくまでもパートナーであり、対等な立場で交渉や契約を行っているということを肝に銘じるべきである。

 日本では、売り手より買い手の方が強く、役職が高い方が偉いという発想がついて回る。だから、完全に対等な立場でビジネスを進めるということが苦手なのかもしれない。しかし、中国語ではそもそも敬語がなく、面子を大切にする中国でのビジネスでは、双方は常に対等である。これは、社長と従業員との間にも当てはまる。

 ある中国人通訳が言っていた。日本人は社長というとなぜ無根拠に敬うのか。なぜ言葉遣いから変えるのか。それが中国人には理解できない。日本の企業人には「社長さん、社長さん」と言っておけばみな気分をよくするから、その点は便利ではあるけれど。

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