長々と、まるで居酒屋で聞く愚痴のような話を続けてしまいました。ここで伝えたかったのは、社中の三人がよくある悩みを抱えた普通のサラリーマンだという事実です。

 そして、共通するのは、社内の活動で壁にぶつかったこと。その解決のために、会社の外に解を見出そうと考えたことです。事実、居酒屋でどんなにつぶやいてみても、進むのはお酒だけで、何の進展もありませんでした。こうした背景を抱えた三人が出会うキッカケは、ある人物が開催したイベントでした。

 2010年9月下旬のある日、Twitterのタイムラインを眺めていると、富士ゼロックスの知識創造コンサルティング事業「KDI」でシニアマネージャーを務める野村恭彦氏によるつぶやきが目に入ってきました。同氏は、「グループウエア」や「コンピュータによる働き方の変化」などを研究するCSCW(computer-supported cooperative work)という情報工学の一分野を専門とする研究者。社会学にも精通しており、GLOCOM国際大学で主幹研究員を務めるなど多分野で活躍している人物です。

 すると、そのつぶやきのテーマに呼応した人々による意見交換がTwitter上で始まり、話題がどんどん膨らんでいきました。ついには、Twitterの文字制限では議論が収まらなくなったのです。野村氏は「深く話せる枠組みのない対話を!」と、自身がTwitterで発したテーマについて対話の場をもとうと呼び掛けました。

 そのテーマは、「日本はどんな社会問題を解決するのか?」という何とも挑戦的(!)なものでした。

 呼び掛けに呼応して集まったのは20人。コンサルタントや、少し変わったことに興味を持つビジネス・パーソン、情報通信関連の技術者など、年令も所属組織も様々な人々。中には、「本日のテーマ」を知らないまま参加した豪傑(?)もいました。

盛り上がったカラオケの後のような気分

 その対話イベントに集ったメンバーの中にいたのが、会社の外に課題解決のヒントを求めていた、かなりあ社中の三人です。不思議な空間でした。平日の夜、ほとんど初めて顔を合わせる人々が円形に並べたイスに座っている。机もありません。参加者は、それぞれ日ごろ感じている「社会への思い」を語り始めます。

 テーマは壮大ですが、決して大上段から振りかざす話が続くというわけでもないのです。「最近のサラリーマンは疲れている。そんな姿を見せるのは子供の教育に悪い」など、企業の会議ではなかなか認められないであろう「雑談」の類の、ゆるーい話題も少なくありませんでした。

 対話のテーマもあちこちに拡散します。非常に個人的な話から、「社会問題は問題化する前に解決しなければならないのではないか」といった少々哲学的な話題まで。

 ただ、大事なのは、これが「対話」だったということです。前回のコラムで臼井が説明したように、「対話」と「議論」は似て非なるものです。意見をぶつけ合って、何らかの結論に収束させるのが「議論」であり、人々が持つ異なる意見をみんなで共有することが「対話」です。

 結論が出なくても、自分とは違う視点の意見を聞くことが視野を広げ、気付きを与えてくれる。それが対話のメリットでした。対話イベントの参加者の多くが初対面だったにもかかわらず、「社会問題」という深く広いテーマの話を深く共有できたことは新鮮な体験でした。

 多様な人々が集まった場で漠然としたテーマについて話す際に、相手の話を聞き、理解することを心がけることが、いかに大切か。このイベントの参加者は、改めてこのことに気が付いたのではないでしょうか。こうした対話の場が終わった後は、まるで盛り上がったカラオケの後のような気分です。「もっと歌いた(話した)かったなぁ」という、前向きな消化不良状態だからでしょう。