いやぁ、ビックリしましたヨ。社長から突然呼び出しが掛かり、何はともあれ直ぐに来いてェ事ですから、何事かと思いますヤネ。
 
 「佐々木君、最近世間を騒がしている粉飾や飛ばし、ウチの会社は大丈夫だろうか。まさか、私が社長になる前から、そんな不祥事はないだろうな。ウチは大会社ではないけれど、私が知らないところでそんな事があったら、世間様に申し訳ないし、第一、私が責任を問われたりしたら大変だ。そうならないように佐々木君、調べて欲しいんだよ」。

 …ってな事でして、要するに、世間を騒がしている大会社の不祥事、まさか自分の会社では無いだろうという確認を、アタシにしろって、そういうことですワナ。

 「社長、ウチは中小企業、株式を上場している訳じゃありません。株主だって、創業者一族が大半を持っているだけの、シンプルな構成じゃありませんか。第一、粉飾って言ったって、決算は社長が見ておられるのだから、ご自分で判るじゃありません。何か、変な心当たりでもあるんですかァ?」。

 思わず、アタシもきつい口調になっちまいましたが、あまりにも社長の態度、ハナから責任を逃れたいだけの話、冗談じゃありませんヨ。
 
 「分かった、佐々木君、今のところ我が社は大丈夫なんだな。安心したが、これからも変な不祥事が起きないように、しっかりとやってくれたまえ」。

 だから、それをやるのがアンタでしょう、って言いたいのを飲み込みましたが、ウチの社長のリーダーシップ、何とも心許ないですヨ。

 それにしても、最近、世間を騒がしている事件、本当に悪質ではありますゾ。本業以外で儲けようと、金融商品や証券市場に手を出した挙げ句に大穴をあけ、それを隠すためにあの手この手でインチキ三昧。結果、過去に遡って経営陣が糾弾される不祥事、取り返しのつかない大スキャンダルですヨ。この不祥事、その企業だけの事じゃありません、実直にものづくりをしているアタシ達にとっても、更には、我が国の信頼を損なう、まさに大ダメージを被る結果になりました。

 一体、いつから本業以外で儲けようなんてェ事を考えるようになったのですかねェ。特に、ものづくり企業にとって、ものづくり以外で儲けようなんて、それも博打みたいな金融商品や証券相場に手を出すなんて、汗をかき手を汚して頑張っているものづくりの現場を愚弄する、いや、もっと言えば否定するような行いじゃありませんか。

 「もう、そんな事言ったの? ウチの社長。ダメねェ、自分でバシッと引っ張ればいいのよ、それがガバナンスでしょ!」。

 おっと、お局、イイこと言いますヨ、そうなんです、まさにガバナンス。今、世界中の企業で、強力なガバナンスが求められているのですゾ。

 このガバナンス、一般的にはコーポレート・ガバナンス(企業統治)というのですが、最初は1960年代のアメリカから始まったそうですヨ。要するに、企業経営の指針として、非倫理的・非人道的な行動をしてはならないという考え方が、その後、次第に粉飾決算など、企業の不祥事を防ぐという意味でも使われるようになったのだそうです。そして今では、コーポレート・ガバナンスの目的は、企業の不祥事を防ぐということと、企業の収益力を強化することの2点が強調されていますが、今まさに、最重要、最優先の課題となってしまいましたワナ。

 いつも、環境・安全・コンプライアンスという考え方が、これからの企業経営においては、とても大切なことであると言っているアタシですが、まさにコーポレート・ガバナンスは、より解り易い考え方ではないでしょうかネ。
 
 さあさあ、今夜の話題はガバナンス。お酒を飲みながら、議論しましょうヤ。ってなことでいつもの赤提灯ですヨ。

 「確かに、円高が続く中、企業の収益力は、ある意味、自助努力では如何ともし難いような状況になっているのは分かる。けどよ、生き残る為にと言いながら、インチキしちゃいけないよナァ。しかし、そう言いながら、してはいけない事をしてしまう危険性に、俺たちはいつも曝されているのが現実かもしれねえ。目先の儲け話に乗っかる誘惑は、あっちこっちに有るのも事実。だけど、ものづくりをちゃんとやってる者にとって、人のふんどしで右から左に金を動かし、それで儲けようなんて、許せねえどころか、昔の時代劇だったら、ええい、たたっ切ってやる! そんな気持ちだぜェ」。

 長年、開発一筋、ものづくり人生まっしぐらの部長にとって、今度の事件は、腹に据えかねているのですヨ。

 お局も、「飛ばしをやっちゃったあの会社、本業では、本当に評価されていたのに、なんで、本業以外で儲けようとしたのかしら。結果として、信頼を失ってしまった事をお金に換算したら、多分、何兆円もの損害だと思うのよ。長年かかって築き上げたブランド、信用を、こんな事で失ってしまう。飛ばした分のお金を、ものづくりの売り上げから利益として計上するには、多分、何兆円もの売り上げに相当するのではないかしら。間違いは誰にでもあるのだから、損失を計上した時に、それをごまかそうというのではなく、社員や株主にオープンにして、素直に謝れば、それでお終いになるのに、ああ、なんか淋しい話だわよねェ」。

 この話、本当に大事なことですヨ。これからの時代、いや、今までだってそうなんでしょうが、メーカーだろうとサービス業だろうと、ガバナンスの重要性がこれほど身に沁みる事はありません。対岸の火事ではなくて、アタシ達の身近にある、落とし穴かもしれませんヨ。

 「そうだよナァ、そう意味でも、知財なんざァ、ガバナンスの最たるもんかもしれねェぜェ。知的財産権、人の知財を遵守するのも侵害するのも、ガバナンスという視点で見れば、判りやすいぜェ。自分の権利を正しく主張し、それを正しく尊重する。それを法律として定めた特許法てェのは、合理的なガバナンスなんだ。開発をしている中で生まれて来る他人のアイデアを、インチキして真似るのは、もっとも卑屈な、ガバナンスにもとる行為と言っていいのかもしれないナァ」。

 部長の言う通り、他人のアイデアを平気でパクるヤツは、ガバナンスのガの字もありませんヤネ。

 「そうですね、ガバナンスですよね。う~ん、今の中国は、ガバナンス的にはまだまだ遅れているのかもしれません。でも、開発は勿論、日常的な経営の中で、先進国である日本の企業が、色々な不祥事を起こすのを見ると、これは先進国だろうが後進国だろうが、要するに、インチキをする人はするし、企業もする、そういうことではないでしょうか。国の文化とか民度とか言うのではなく、企業の品格が大事ではないのでしょうか」。

 いやあ、欧陽春くん、イイこと言いますヨ。その通りなんです。

 それにしても、それまで優良企業と言われた企業が、右肩上がりの実績を維持しようと焦るあまりに不祥事を起こし、結果、倒産の危機という最悪の事態に陥る悲劇を、私たちは、一体、何回見て来たのでしょう。メーカーで言えば、開発を焦るあまり、コーポレート・ガバナンスにもとるような行為をしたなら、奈落の底に落ちてしまうのですヨ。

 如何でしょうか、開発のガバナンス。アタシたちは、いまこそ原点に立ち返り、正しい開発を進めながら、この閉塞感を打ち破るしかないのですゾ。

 おっと、さっきから黙って呑んでいるアスパラ、何かを感じたようですヨ。

 「先輩、ボク、ガバナンスは本当に大事なことだと、あらためて確認しました。ですから、懺悔ではありませんが、この間、先輩には黙っていたチョンボ、ここで告白します。実は…」と、アスパラが言い掛けたのを遮るように、

 「だから、アンタはバカなのよォ! 済んでしまったことはもういいの。チョンボを糧として、これからちゃんとやるのが大事なの。中途半端に懺悔だなんて、もうっ、アンタは、ただのバカナンスなのよ!」。

 ああ、久し振りにお局のおじさんギャグを聞いてしまいました、おやすみなさい…。