死角を探せ
朝から部長、何やらご機嫌ですゾ。
「オイオイ、どうしたィ、朝からニヤニヤして、嫁さんと別れたのかァ?」。
「じょ、冗談じゃあねえぜ、次郎さんよォ、いくらお俺が恐妻家って言っても、そりゃあないぜェ。何だかんだと言いながら、ウチの奴が居なけりゃあ困るって、それを一番よく知ってるのは次郎さんじゃねえか、バカ言わないでくれよォ」。
ははは、変な会話になっちまいましたヨ。
「実は、同業のS社、ほら、いつも同じような商品を後出しで作って来る、あの会社の担当部長がよォ、『鈴木さん、今度はやられましたよ。本当に今度の新商品はすごい。なんたって、誰も気付かなかったニーズですよ、本当にやられました、お見事』って、褒められちまったのサ。そして、何と言っても嬉しかったのは、『鈴木さん、死角を探すのが上手いんだから』って言われたことよ。そうさ、当ったり前だろう、ライバルが気付かない死角を探すのが俺の仕事じゃねえか。それを、当のライバルが認めて褒めてくれるんだから、ええっ次郎さんよォ、はなし半分にしても嬉しいじゃねェか!」。
そりゃあそうですヨ。部長がいつも言っている死角を探し、そこに光を当てて商品化する、それこそが開発の真骨頂じゃありませんか。本当に嬉しいのですナ。
今度の開発、さすがの部長も、相当に苦しんでいましたからネ。今時、情報化社会と言うものは、ニーズの存在までも、あっという間に知れ渡ってしまうのですナ。ですから、内密に開発を進めているつもりでも、気が付いたらバレバレなんて、そんな話ばかりですヤネ。しかも、ライバル企業にとっては、我が社の開発動向は気になるところですから、相当の情報戦があったらしいのですヨ。
よくあるじゃありませんか、家電でも自動車でも、複数のメーカーが新商品発表をするてェと、どれも似たような商品ばかり。まあ、情報化社会の宿命かもしれませんが、このように、ライバルさえも脱帽するような新商品開発、開発マンにとっては、まさに、してやったりてェ事ですヨ。
開発者として、一番がっかりするのは、二番煎じと言われることですヨ。それは、後塵を拝すてェ事ですから、このように、ライバルからも褒められる、しかも、彼らの眼中には無かったことで褒められる、これは勲章のようなものですワナ。
改めて、この死角という言葉、念のために辞書を引きますてェと、銃砲の射程内であるが、地物(ちぶつ)の障害または銃砲自身の構造上どうしても射撃し得ない区域、又は、ある角度から見ることが出来ない地点・範囲のこと、だそうですヨ。ビジネスの世界で言えば、まさに、ある角度からは見ることが出来ないニーズ、要するに、見えないビジネスチャンスということですナ。
「最初のころ、実は、死角という言葉、俺もあまり良い印象を持っていなかったんだ。むしろ、逆に悪い言葉のような感じもしたんだが、よく考えるてェと、死角こそ、ビジネスを有利に進める、意識すべきことではないかと思うようになったのサ。よく、マーケティングの世界で、マジョリティーとか、マスを狙えって言うじゃねえか。でもよォ、多数のお客様なら、それだけで、誰でも探せることじゃねェか。こっちから見て、お客様として一番多く見える、要するに、誰でも気付くことの出来るお客様、それって、誰でも知っているお客様なんだから、誰もが、そこを目指して行くてェ事よ。それじゃあ、何の競争力もある訳はないし、俺は、そうでないところを探し続けているんだぜェ。なあ、次郎さん、これって正解だよナァ」。
確かに、誰にも出来るビジネスは、直ぐに競争、しかも、コストの競争に陥るのは見えていますワナ。逆に、誰にも見えないところ、しかもそれが、簡単に見出すことが出来ないならば、それは、競争にはなりません。そういう意味でこの死角、コスト競争にならない、真の競争力を持つために、意識すべき考え方ではないでしょうかナ。
…そんなこんなで赤提灯。今夜のテーマは死角ですヨ。
「そう言えば、逆張りという言葉もあるわよね。株の売買で使う言葉だけど、市場の人気が高いときに売り、低いときに買うことよ。それは、大勢が向かう方向に対して、その逆に行くというセオリー(定説)なのよ。でも、セオリーって、知識のある人は知っていることだから、それは特段の競争力とは言えないのよ。だけど、この死角、それは、文字通り見えないところなんだから、あえて、見えないところにビジネスチャンスを見つけ出すこと、それは才能よね。これって、これからの重要な戦略じゃないかしら。部長、見直しちゃった、凄いわよォ!」。
お局に褒められて、部長、本当に嬉しそうですヨ。いつも、お局にはイビられてますからネ。
続いてお局、「そうか、そう考えれば、死角を探すってことは、生きる道を探すこと、言い換えれば、生きる角度、生角(せいかく)とも言えるのかも。どうかしら?」。
ははは、お局の造語、久しぶりですヨ。そうそう、この正角、しょうかくと読めば、その言葉は昔からあって、材木の角材のことなんですヨ。特に、土台や柱など、住宅の重要なところに用いる材木を正角といって、大事なところに使ったもんですゾ。お局、ひょっとしてそこまで知って、言っているのかもしれませんヨ。
アスパラが、「生角ですか、それは正確にも通じますよね。誰も気付かないところに、実は正しく確実な道がある。う〜ん、今夜は勉強になります」。
「あら、アスパラ、いいこと言うじゃない。 その伝で言えば、性格もあるわよ。今度の部長の話、多分、最初は部長の性格に因るところが多いのじゃないかしら。だって、部長は他人の言うことは聞かないし、右向けって言えば左、天の邪鬼なのよ、ねェ部長」。
やはりお局、切り返しが上手ですヨ。
「ははは、そうかもしれねェ、俺の性格てェ事、それはあるぜェ。第一、人の言うことを聞いて開発なんざァしていたら、みんなと同じ商品になっちまう。人と違うものを創るには、自分の性格を信じて、例え、天の邪鬼だろうが、バカと言われようと間抜けと言われようが、死角を探すしかないんだ。それが開発てェもんよ!」。
欧陽春くん、「いやぁ、部長の死角、凄いですね。本当に勉強になります。今の中国、その真逆ですよ。見える市場ばかりに、それこそワッと群がり食い散らかして次に行く、その繰り返しです。今のところ市場は拡大するばかりですから、それでいいのかもしれませんが、これから市場自体が縮まったら、一体、どうなるのでしょうか。部長のように、死角を探す眼力があるのでしょうか…」。
そうかもしれません。今の中国はとにかく拡大路線。死角を探す必要もありませんが、そうなったら、大変かもしれませんゾ。
「欧陽春くん、死角てェのは、実は付加価値なんだ。だってそうだろう、誰も気付かなかった商品を最初に作って売るのだから、最初にやった者が値段を付けるのよ。最初に付ける値段だから、他と比較されることも無いし、それが高いとか安いとか、分からないのサ。要するにお客様がいいと思えば買ってくれる。そこが肝心なことサ。要するに、死角に価値があるってことよ」。
これは大事なことですヨ。誰も知らなかったこと、誰もつくらなかったもの、誰にも見えない死角に価値がある。これは本質ですゾ。
さあさあ、そろそろお開きです。今夜も楽しく飲みました。と、そこにアスパラがポツリと一言。「今、気付いたんですが、ボク、何も資格を持っていないのです」。
あ〜あ、こんなオチ。下らな過ぎて、何も言えませんヤネ。
えっ、これも一種の死角ですって?
…おやすみなさい。
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