ビジネスをリデザインする

 ソニーが輝きを失った背景には、製品や製品を開発するといった本来持っていた能力より、次第に企業経営そのもの、マネジメントそのものに重点をシフトしてきたからではないかと思えます。顧客が価値を見出す製品よりも、経営そのものに集中した結果、大企業特有の経営のための経営にシフトしていった印象を受けるのです。その結果、自らのビジネスを顧客にとっての価値創造といった製造業本来の方向にもう一度シフトする必要が今まで以上に大きくなっていると感じます。製品と共にビジネスモデルそのもののリデザインも必要でしょう。

 これに関してひとつひっかかることがアップルにも起こっています。アップルの創業者のひとりであるウォズニアックが、iPhone4Sの発表プレゼンに関して、プレゼンタ―は製品の技術的なことを言い過ぎているというような意味合いのことをいっているのです。これはジョブズがいなくなり、アップルが製品の機能を重視するジョブズ流でないもの作りにもう舵を切りかけているとウォズニアックが危機感を感じたということなのではないでしょうか。

 これは、新しい世に受け入れられる製品開発において確固とした意思を持つトップの存在がいかに重要であるかということを示しているに他なりませんし、ソニーが過去に陥ったワナにアップルも今後陥らないという保証はないといえるでしょう。

 では、優秀なトップが率いる屈強なチームだけが製品をリデザインし、世に送り出すことを可能にするのでしょうか。

 残念ながらその答はまだありません。
2005年頃のことですが、シリコンバレーのブックストアのカフェで、ある私的なミーティングがあり、顔を出したことがあります。新しいPDAや携帯電話を作ろうといった主旨のものでした。

 そこに集まったのは、年齢、性別も職種もさまざまな人びとであり、個人的な繋がりで集まってきていました。リーダー的な人物はいましたが、個人が自由意思であつまった緩やかな関係の集団でした。建築家、デザイナー、技術者から学生までが意見を出し合い熱心にディスカッションを行っていました。流れとしては、現実的な考えをする技術者と自由な発想をぶつけてくる技術には素人の人びとという構図でした。面白いアイデアが次々に出ていました。デザインから最新技術に至るまで、それこそごちゃまぜに議論されていたのです。

 結果的にいうと、この集まりからは実際には何も製品は生み出されていません。しかし、参加者の間で考え方や発想、コンセプトは共有されていきました。こういった集団から新しいものが生み出されることが今後ないとはいえません。「中国モノマネ工場」(原題「山寨革命」、日本語版は日経BPから11月に発売予定)の作者がいうとおり、インターネットで緩やかに結ばれたアマチュアの集団から新しい製品が生まれる可能性も否定はできないのです。

 しかし現実には、当面は統制のとれた組織である企業がこれからももの作りを担っていくでしょうし、それが一番現実的です。その企業がジョブズが行ったようなビジネスのリデザインをも可能にできるかどうかは、既存の枠に捉われない自由な発想と強いこだわりを持ち、かつ現実的な組織運営ができる優秀な経営トップや組織リーダーと有能なプロフェッショナルによるチームにかかっています。そしてこのような体制作りに成功したところだけが次代を創っていく製品とそのビジネスのリデザインを可能にするといわざるを得ません。

引き続きアップルがその役割を担っていくのでしょうか。
それともアップルを手本とした日本やその他の国の企業が取って代わるのでしょうか。

 幸運なことに、日本企業はこの点ではまだまだ好位置に付けています。結果はこれから出てくるでしょう。そしてその結果が日本企業から生み出されるであろうことを願いつつ、今後の展開を見守っていきたいと思います。

生島大嗣(いくしま かずし)
アイキットソリューションズ代表
大手電機メーカーで映像機器、液晶表示装置などの研究開発、情報システムに関する企画や開発に取り組み、様々な経験を積んだ後、独立。「成長を目指す企業を応援する」を軸に、グローバル企業から中小・ベンチャー企業まで、成長意欲のある企業にイノベーティブな成長戦略を中心としたコンサルティングを行っている。多数のクライアント企業の新事業創出/新製品企画・開発等の指導やプロジェクトに関わる一方、公的機関等のアドバイザ、コーディネータ、大学講師等を歴任。MBA的な視点ではなく、工学出身の独自視点での分かりやすい言葉で気付きを促す指導に定評がある。経営・技術戦略に関するコンサルティングとともに、講演・セミナー等の講師としても活躍中。