「あれは2008年のMacworld Expoだった。Steveが基調講演で我々のサービスを紹介し、“これ、すごいでしょ”と言ってくれたんだ。嬉しかったね」。先日、米Apple社元CEOのSteve Jobs氏の訃報を耳にしたとき、ふと、この話を思い出しました。

 発言の主は、米ベンチャー企業Skyhook Wireless社の共同創業者であるMichael Shean氏です。2011年初頭に、米ラスベガスのレストランで取材した際、満面の笑みを浮かべてこう言ったのです。

 Skyhook社は、無線LANのアクセスポイント(AP)や携帯電話の基地局が発する電波などから携帯機器の現在位置を特定し、それを機器に提供するサービスを展開しています。2008年のMacworldでは、Jobs氏がまだGPSが搭載されていない初代iPhoneの地図アプリケーション上で、現在位置から特定の場所までを案内する機能を紹介しました。これを実現するのに、Skyhook社の技術が使われたのです(正確にはGoogle社の同様の技術も採用されたようですが、どのように使い分けているのか、Apple社は公表していません)。

 Skyhook社が開発した技術の最大の特徴は、GPSによる測位と比較して、誤差が「20~30m以下と小さい」(同氏)点にあります。技術の肝は、俗に言う「War Driving」という手法で取得した街中のAPのデータベース。サービス対象エリアの道路すべてにクルマを走らせ、オフィスや家庭などに設置されたAPの位置情報を取得しています。一つのAPの周囲360度を回れば、その絶対位置(緯度・経度)を特定できるというわけです。

 Shean氏らは、位置情報サービス(LBS)の未来の可能性を信じて2003年に同社を創業しました。創業当初はなかなか採用が広がらず、苦労もあったようです。「LBSのトレンドがやってくるのが、我々の予想よりも遅かった」(同氏)。

 ようやく2007年にiPhoneが登場し、そこに採用されたことがSkyhook社の大きな転機になりました。以降、同社の顧客基盤は急速に拡大し、現在ではApple社のほかに、米HP社、米Dell社、韓国Samsung Electronics社など世界の大企業を顧客として抱えています。2011年には、ソニー・コンピュータエンタテインメントの「PlayStation Vita」や、ソフトバンクモバイルが配布するフェムトセルに、同社の技術が採用されたことを発表しています。Jobs氏の技術に対する高い「目利き力」が発揮された一例かもしれません。

 Skyhook社の顧客基盤の広がりに象徴されるように、LBSはスマートフォンの普及とともに我々の生活により身近な存在になっていくでしょう。それに伴い、現在は精度や測定できる場所などに制約がある測位技術も急速に進化していくはずです。

 「あんた、会社で残業してるって言ったけど、××で飲んでたでしょ!」などと、自分の行動がガラス張りになってしまうサービスの登場は断固拒否したいですが、少なくともそれを可能にする測位技術が実現する日は、そう遠くないと見ています。