タイの大洪水で自動車、電機を中心に400社を超える日本企業が被害を受け、あらためて日本企業がアジア各国に製造拠点を展開していることを実感しました。また、商品を販売する市場としても、日本企業は欧米だけでなく、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)やVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)といった新興国に進出をしています。

 グローバルなビジネス展開を成功させるためには、ローカルな文化の理解から。私がスタンフォード大学に留学した10年ほど前は、ちょうどアジア経済が成長を始めた時期でした。ビジネススクールでは、Culture in Asiaといった授業があり、まずはアジアの文化や商慣行を学ぼうという姿勢がありました。

 他国の文化を理解することは、簡単なようで難しい。今回のコラムでは外国でビジネスを行うための、ローカルな文化について考えてみたいと思います。

 欧米のビジネスで良く使われる言葉の中で、私が最も理解が難しかったものの一つはCredibility。「Credibilityを保つためには」「Credibilityを得るために」というように、欧米では会社の間でも、個人の間でもCredibilityという言葉が頻繁に使われます。会社を紹介するパワーポイントのスライドの中にさえCredibilityが出てくることがあります。

 ビジネススクールのケーススタディでも、Credibilityは良く登場しました。例えば、ベンチャー企業が最初にすべきことは、資金調達や製品開発に加えて、いかにして会社のCredibilityを高めるか。技術系のベンチャー企業であれば、Credibilityを高める方法として、学会での技術の発表、特許の取得、サンプル製品の顧客への配布やメディアでの報道など様々な方法が議論されました。

 Credibilityという言葉は日本語では「信用度、信憑性、信頼性」と訳されます。しかし、「信用を保つために」「信用を得るために」と日本語に翻訳しても今一つしっくりきません。そもそも、日本では、他の会社や人に関して、信頼できるか否かをあまりおおっぴらに議論しません。せいぜい、ひそひそ声で「あの会社(人)は信用できるかな?」という程度。

 私は2年間アメリカで生活し、MBAでどっぷりアメリカ流のビジネス文化を学び、企業でも欧米の企業と頻繁にやり取りをしました。それでもつい最近まで、Credibilityの意味が良くわかりませんでした。

 移民の国であるアメリカでは、同じ組織の中でも、取引先としても、様々な国籍、バックグランドの人々と付き合う必要があるため、Credibilityが広く意識されたと言われています。その人が信用できるかどうかを慎重に見極め、信用できる人には、自由・権限を与え、信用を裏切った人や会社に対しては大きなペナルティーを科す。

 私は集積回路の研究を行っていますが、国際会議の委員として、論文採択の会議に出席することがあります。会議では、欧米の委員たちから、意外と思うほど低く評価される論文があります。会議を何度も経験するにつれ、低い評価の原因は、Credibilityが問題ではないかと思うようになりました。

 論文では、従来の技術に対して、新技術の優位性を具体的な数値を用いて実証する必要があります。比較する従来技術は論文の筆者が決めることができます。比較対象を甘くすれば、提案技術の優位性は一見高まって見えます。科学者・技術者といえども人間ですので、論文を執筆する時に、比較対象をちょっと甘めに設定したくなることもあるでしょう。