香港や米国では、上場企業を簡単に買って上場ができる。そんなことが本当にあるのか?

 先週、私は、顧問先企業の役員と連れだって、IPO(新規株式公開)の準備のために香港にある大手証券会社のアンダーライター(上場の引受け業務)責任者と打合せを行っていた。香港は、IPOで2010年に米国を抜いて件数、調達総額で世界一となり、今や世界の主戦場となった。資金調達が日本では全くできないので、IPOを狙う日本企業も香港市場を大いに注目している。

 香港のアンダーライターは、会議の冒頭から「リバース・マージでいきませんか?」と提案してきた。リバース・マージ(リバース・マージャー)とは、すでに上場している企業を買収し、そこを使って株式を公開するスキームだ。さてそのお値段は、なんと2億香港ドル(約24億円)。ちなみに今年の初めまでは1億香港ドル以下だったとか。

 香港の投資家は、この買収企業は安いと考えている。なぜなら、上場企業の「箱」自体が売買可能だからだ。野球でいうと、大リーグの各チームが契約金を支払ってチームに選手を招き入れるが、試合で良い成績を残せば(つまり企業が利益を出し企業価値が上がれば)さらに高い値段でその選手(企業)を売買できる。赤字でさえなければ、業績が悪くても将来、本業を切り離して香港上場企業は箱として売れるということだ。しかもその箱は、保有している間は、社債やエクイティー(株式発行)を繰り返して資金を調達するために、大いに働いてくれる。まさに現代版錬金術だ。

「これって裏上場ではないですか?大丈夫ですか?」顧問先企業の役員が心配するのは無理もない。確かに日本の金融界では疑問視されるスキーム。だが、香港や米国など海外の金融市場では日常茶飯事に行われているのだ。
「香港がご予算的に合わないようでしたら、アメリカOTCBBはどうです?」香港アンダーライターが畳みかける。
「OTCBB」とは、米国ナスダック市場の新興市場である。そのお値段は、グーンと下がって「20万米ドル!(約1800万円)」とのこと。これも米国では一般的に使われる手法だ。

 米国OTCBB市場は香港に比べれば人気がない。けれども、2000万円を払うだけで憧れの上場企業になれるのだから、考えようによってはずいぶん安い。ちなみに、私が日本のマザーズ市場で上場した際は、5000万円以上はかかったと思う。しかも、上場のために業績を伸ばし、厳しい審査を何度も受けるという涙ぐましい努力があって、やっと実現させたのである。

 IPOは企業のゴールではない。あくまで企業が資金を調達する手段である。しかし、日本の新興市場では、上場後も資金調達は全く出来ない状態が続いている。日本であれ、香港であれ、企業自体が本質的に変わるわけではないのに、どの市場で資金を調達するかによって大きな差ができてしまうのだ。

 こうした事情から、日本企業の多くが香港市場での資金調達、IPOを目指している。私の顧問先企業も多くは資金調達の場を香港やシンガポール、ソウルに求めている。日本での「香港IPO」に関する研究会や勉強会なるものは、どこも活況だ。

 しかし、香港に行けば何とかなるというわけでもなさそうだ。香港のアンダーライターはいう。「香港に集まる投資家や資金は、日本の企業自体に何の興味もありませんよ。もう日本市場の成長性や将来性は期待できないと思っている。だから、香港の投資家は、日本市場や日本企業について何も知りません。日本の人口すら知りません。日本に興味はありませんから」

 もちろん、日本企業がすべてダメというわけではない。「中国市場で売れている日本の技術には投資の価値が大いにある」という。「香港でお金を集めたいなら、その日本企業が中国市場でいかに競争力があるかを説明してください。そうすれば、香港市場のプレーヤーはこぞってその企業に投資するでしょう。私も真っ先に投資しますよ。必ずIPOできるから」

 日本企業であること自体に何の価値もない。その企業の持つ高い技術、品質の高いサービスが中国市場に展開された場合に大きな富を生む可能性があるかどうか、そこだけに投資家たちの視線は注がれているのである。

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