日経エレクトロニクスの2011年10月17日号の特集「太陽電池、サバイバル」では、既存の太陽電池技術が急速にコモディティ化する中、そこから抜け出すための、超高効率・超低コストを目指した太陽電池技術群について紹介しています。それらは例えば、これまでせいぜい30~40%しか使えなかった太陽光エネルギーのほとんどを利用可能にする技術、あるいは現在100円/W~200円/Wの太陽電池モジュールの製造コストを5円/Wかそれ以下と劇的に下げる可能性のある技術などです。まだ先は長いですが、実現すればもちろん世界が変わります。

 実は今、その基になっている理論や技術の体系が、太陽電池に限らずエレクトロニクス技術の新しいパラダイムを開く技術体系になりつつあります。代表的なのが、「強相関電子系」といわれる材料群。初めて聞く人も多いかもしれませんが、既に物性物理学の中では、半導体に並び立つような理論体系になっています。

 それをできるだけ直感的に説明してみます。これまでエレクトロニクスの材料の多くは、原子の並びの変化、つまり固体-液体-気体という変化と、その中の電子などキャリア(荷電粒子)の流れを「波」として扱う技術体系に基づくものでした。

 私が大学生の頃は、「キッテル固体物理学入門」という教科書が物性物理学の定番。大学1年生の授業では、半導体の基本的な状態である「ブロッホ状態」やバンド理論を真っ先に学びました。

 ところが最近、大学によっては、こうした理論を積極的には教えなくなってきているようです。代わりに新定番になりつつあるのが、「モット(Mott)状態」や「モット転移」の理論などです。

主役が「原子」や「電子の波」から、「粒子としての電子」へ交代

 これも初めて聞くという方がおられるでしょう。新定番の理論と以前の定番の理論との最大の違いは、電子の取り扱いです。新定番では、電子を「波」ではなく、「粒子」とみなすのです。そして、材料の状態変化を考える上でも、電子が原子に代わって主役になります。

 これまで、固体は原子または分子の並びが固くて互いに動かない材料の状態、液体は原子や分子がある程度自由に位置を変えられる材料の状態でした。一方、酸化物を中心とした材料群の中には、条件によって電子が固体や液体のように振舞うものが見つかっています。モット状態などは、そうした材料を説明/解析する上で発展してきた理論で、そこから「電子結晶」「電子液晶」「電子液体」といった言葉も生まれています。当然、電子結晶には電流が流れませんが、電子液体は流れます。この違いが、従来の絶縁体や半導体、金属の違いに対応するものとして、さまざまな応用が考えられています。

 こうした電子が主役となる材料こそが、冒頭で触れた強相関電子系材料です。最近は関連する論文や次世代エレクトロニクス素子に用いる研究開発例が急激に増えてきました。

 強相関電子系材料の最大の優位点は、従来の常識を超えた超低消費電力や高速応答の各種機能の素子に使える可能性が高いこと。大きくて重い原子と違い、ケタ違いに小さくて軽い電子集団は、極めてわずかなエネルギーのやりとりで相転移(モット転移)が起こるからです。従来材料の相転移を起こす潜熱の代わりに、弱い磁界、弱い電界、弱い圧力、そして弱い光などがそのトリガになります。しかも、非常に高速に切り替わります。

高温超電導技術が源流

 実は既にこの技術の実用化が始まっています。例えば、まもなくパナソニックが量産を始める「ReRAM」(抵抗変化型メモリ)などがそれです(関連記事)。

 強相関電子系とまではいかなくても、近縁の多くの技術が実用化されています。例えば、強誘電体や強磁性体を用いた各種の圧電素子やMRAM(磁気メモリ)、PRAM(相変化メモリ)、FeRAM(強誘電体メモリ)などです。

 加えて、その発見で2010年のノーベル物理学賞につながった2次元炭素材料のグラフェンなども、強相関電子系材料の親戚といえる「トポロジカル絶縁体」という材料群の一つです。これらが、次世代のエレクトロニクス技術群として半導体に迫りつつあるといえるでしょう。

 ちなみに、それらの源流は、実は80年代に一大ブームになった高温超電導材料にあります。「モット状態などの研究は、高温超電導の研究者が体系化してきたもの」(現在、強相関電子系材料に携わるある研究者)だからです。

 こうした強相関電子系材料は今、超高効率・超低コストの次世代太陽電池につながる可能性が指摘されています。既に、強相関電池系材料で太陽電池を試作した研究者も出てきました。

 太陽電池の市場規模は、2010年時点で世界全体で6.5兆円(米Solarbuzz社)、日本国内だけでも同6553億円(矢野経済研究所)。今後はさらに拡大する見込みで、太陽電池技術は世界の研究や市場を牽引する存在といえるでしょう。

 研究費が集まる太陽電池で成果が上がれば、それは太陽電池以外のほかの研究や応用を加速することにもつながります。例えば、室温をはるかに超える400K(約127℃)での超電導の実現を目指す研究者もいます。高温超電導の研究でまかれた種が画期的な太陽電池になり、そして再び高温超電導を本格的に開花させる可能性がある、というわけです。