そうした取り組みを経て帰国した後、2000年12月に、徐教授はとにかく会社を設立した。同教授は「会社とは何かも分からないまま、十分な調査もせずに」と苦笑いするが、大学発ベンチャーのはしりである。メディアにも取り上げられるようになり、有名になってしまったらしい。それからは、自ら手掛けてきたコンピュータによる3次元立体視の技術を実用化する機会を探りながら技術開発を続けてきた。

 前回も紹介したように、最新の製品は二眼式のカメラを使って、物体の位置や向きを自動識別し、高速でピックアップするロボットだ。向きや位置に依存しないのでバラバラに積んだ部品でも、事前に登録した形状のものを拾い上げることができる。

三次元メディアの新技術で積み重ねた部品を立体視で認識している様子。
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 この技術を使えば、これまでは決まった位置にあらかじめ整然と部品を並べておく必要があった組み立て工程が一変する可能性がある。バラ積みのままロボットに作業させることができれば、生産工程の簡略化につながる。

 この識別を実現するには、物体が置かれた位置と、物体が置かれた姿勢(向き)にそれぞれ3自由度(縦・横・高さの方向)ずつ、合わせて6自由度の探索空間による演算処理が必要になる。「これは、創業した10年前にはアイデアはあっても、実現できなかった技術です。当時はスーパーコンピュータを使っても処理できなかった演算を、パソコンで処理できるようになった。その基本アルゴリズムに、三次元メディアの強みがあります」と、徐教授は、今後のビジネス展開に自信を深めている。

 徐教授は、大学教授として学生に接する立場から日本の課題が「物事の抽象化を苦手にしていること」にあると見る。「直面している課題を抽象的に考え、記号として表す訓練がなされていないのです。だから、やりたいことがあっても、なかなか数式に置き換えることができない」と指摘する。「高校までの数学教育の水準は高いですが、大学に入ると数学をあまり学ばなくなる。これは我々、大学人の責任でもあります」。

やさしい日本の学生たち

 教授から見ると、日本の学生はやさしく見えるという。「やさしさは日本の良い面ではありますが、半面、アグレッシブさに乏しいことにもつながる。これは、グローバルな環境では欠点にもなります。学生の結果に対するハングリー精神を育てていきたい」という言葉に、教育者としての教授の素顔が垣間見えた。

 インタビューも終わりに近づいてきて、徐教授の内面の熱さが見えてきた。やはり教授は、物静かな柔らかい物腰の中に、中国で育んだアグレッシブさやハングリー精神を秘めている。

 起業家としての徐教授の夢は、「ロボットの眼を普及させることによって、単に部品を並べるだけで一日を過ごすような工場の単純労働から人間を解放すること」にある。今後、縮小するであろう国内市場だけではなく、自らの技術で海外に打って出る戦略を練っている最中だという。

 徐教授が言うように、いずれ日本はもちろん、中国や東南アジアの国々で、工場の単純労働がなくなる日は本当にやってくるのだろう。そのとき、世界はどうなっているのかと考えさせられた。常に静かに答え、あまり多くを語らない徐教授の頭の中では、既に将来の世界の姿が記号化され、演算処理が進んでいるように思えた。ぜひ5年後も、10年後にも再び会って、日本や世界を語っていただきたいと感じながら、三次元メディアの事務所を後にした。

(次のページは、徐氏に聞く「技術者として企業経営から学んだこと」)