リバース・イノベーションとは、グローバル企業が新興国で製品や技術を開発して、先進国にもその製品と技術を展開するとのことである。GE(ゼネラル・エレクトリック)のインド市場に向けにインドにおいて開発された心電図検査セットが欧米でも売れているという事例がハーバードビジネスレビューで紹介され、リバース・イノベーションが注目されるようになった。実は、中国においてもそのようなイノベーションが始まっている。

 中国は、“世界の工場”そして“世界の市場”と言われているが、90年代からはグローバル企業が中国で設立したR&D(研究開発)拠点の数が年々増えつつある。分野も、電子製品、ソフトウエアなどの研究開発から、環境、エネルギー、医療へと広がっている。その分野の広さや規模から“世界のR&D”とも呼ばれていることがある。世界の工場、世界の市場として世界経済をけん引している中国が、世界のR&D拠点としても注目を浴びるようになってきたのだ。

 グローバル企業が、当初中国でR&D拠点を設置する目的は大きく次の三つだった。

・中国の生産拠点をサポートする開発拠点
・中国の経済、産業、技術、文化などの情報を収集する窓口
・中国の低コストかつ優秀な人材を活用することによる開発コストの低減

 しかし、近年は上記の目的を超えて、中国のR&D拠点から先進国へ、世界へ貢献する開発が行われている。中国はグローバル企業のイノベーション産出の重要な地域になっている。

中国のニーズから世界へ

 イノベーションの原動力となるのは、もちろん第一には研究開発のシーズではあるが、人々からのニーズも大きな源泉である。新興国の成長により、新興国ならではのニーズが、続々と出現してきた。そのようなニーズを満たすためにイノベーションが起きている。

 前述のGEは、100年以上の歴史を持ち、イノベーションの持続がその成長を支えてきた。現在、GEのイノベーションは、アメリカや欧州、そして日本にあるR&D拠点だけから生まれるではなく、中国やインドなどのR&D拠点からも生まれ始めている。また、中国やインドでのイノベーションで開発された商品は、先進国でも受け入れられた。Forbe誌の中国版によると、上海にあるGEのR&D拠点で以下のようなケースがあったと報道している。

 GEの上海R&D拠点で働く技術者の大半は、元々本社側からの委託で国際市場向けの製品開発に従事している。ところが近年では、中国のニーズに即したイノベーションに集中し始めている。そのきっかけは、中国市場向けの医療用超音波検査装置の開発だったという。GEが、2002年ごろに中国市場へ投入した医療超音波機器は、アメリカと日本にあるGEのR&D拠点から開発されたものであった。価格は10万ドル以上と高値で、中国ではほとんど売れなかった。そこで、GEの上海R&D拠点において、3~4万ドルの小型移動型の超音波機器を開発した。さらに2007年には、もっと価格の安い1.5万ドルの機種が開発され、これらのシリーズは地方や農村部の病院からの需要にマッチし、中国での販売が好調に推移した。それより、GEにとって想定外のことだったのは、この廉価版の機種が、先進国でも売れたのだ。

 GEは、中国市場のニーズがGEのイノベーションを促進すると認識した。その後、医療機器だけではなく、環境やエネルギーなどの領域においても、意識的に中国特有のニーズを課題として取り組んでいる。例えば、中国は石炭大国なので、高効率かつ環境に優しい石炭利用技術といったニーズが高まっている。そのような技術の開発を実施している。

 このような戦略を持続するため、GE本社は上海の研究開発センターだけの専用の予算を作った。そしてその予算執行の決定権は、中国側が持つようにした。煩雑の手続きを省くことができると同時に、市場への反応スピードも早い。その結果、プロトタイプの開発やテストの時間が半分程度に短縮、市場に対しての製品の投入が加速されていた。このように、リバース・イノベーションを促進するためには、組織的な支援も必要と見られる。