なぜ、今リバース・イノベーションなのか

 一般的に、先進国のグローバル企業は、先進国で製品開発をして、その製品を新興国向けにマイナーチェンジをしてグローバルに販売する戦略をとっている(これをグローカリゼーション(Glocalization) 戦略とも呼ぶ)。リバース・イノベーション戦略は、その逆の戦略になる。

 グローカリゼーション戦略の場合、先進国の一般消費者向けの製品は、新興国にとってはハイエンド製品であることが多いため、そのままでは新興国の富裕層の需要しか満足できない。これに対し、リバース・イノベーション戦略の場合、新興国のボリュームゾーン消費者をターゲットにするので、品質や性能は最低限のレベルで、とにかく価格が安い製品を開発。そのうえで、安価な製品を先進国にも輸出して、販売をさらに拡販するというモデルを取る。先進国でのニーズを掘り出し、より大きな需要を刈り取れることができる。

 技術イノベーションを、基礎研究のイノベーション、応用技術のイノベーション、製品イノベーションというレベルで分けるならば、いまのリバース・イノベーションは、主に製品イノベーションのレベルと考えられる。ただし、マイクロソフトやインテルのケースで紹介したように、応用技術のリバース・イノベーションも始まっている。今後、その範囲はどんどん広がり、技術の範疇を超えて、広い意味のリバース・イノベーションとして、ビジネスモデルや経営管理などにも広がる見通しだ。

 こういった製品開発と販売の流れの逆方向は一見簡単に実施できそうだが、実際に容易ではない。これは技術的ことより、組織的な問題だ。グローバル企業の意思決定システムは、企業によって異なるものの、本社主導の中央型が一般的である。研究開発は技術主導とハイエンド製品の志向がつよい。GEのように現地に十分な権限を与えることがなければ、新興国のニーズを解決する研究開発の実施はできない。リバース・イノベーションを起こすのは不可能だ。今後、グローバル企業のリバース・イノベーション力は、グローバル競争の重要なポイントになるだろう。

 このような背景で、グローバル企業は中国でのR&D拠点をますます重視している。世界のR&D拠点の中国シフトが加速されている。90年代に中国で立ち上げた研究開発拠点は、近年相次ぎ規模が拡大している。これまで慎重だったメーカーも新規の拠点開設に動き出した。例えば、トヨタ自動車は、同社にとって初となる中国の研究開発拠点を江蘇省に新設し、中国市場向けエンジンの開発と省エネ車の研究を行う。この春から、200人の規模でスタート、将来的に1000人の規模を目指すという。

 上述のインテルやGEのリバース・イノベーションは、知識財産権などの視点からみると、グローバル企業であるインテルとGEのイノベーションである。これを中国のニーズと中国技術者の知恵から生まれたという視点からみれば、正に中国発のイノベーションだろう。