(1)価値とは

 価値とは、英語で「Value」のことで、「価値のあること」「価値のあるもの」を指します。具体的に言うならば「大切なこと」「守りたいこと」「侵されたくないこと」「好きなこと」などです。個人の立場での価値観には「personal values」という言葉があり、集団的な(社会的な)立場での価値観には「social values」という言葉があります。

 有名な社会心理学者のA.H.マズローが唱えた「欲求の5段階説」がありますが、第1は「生命維持の欲求」、第2は「安全の欲求」、第3は「愛と所属の欲求」、第4は「尊敬の欲求」、第5は「自己実現の欲求」です。これらはすべて、人間共通の価値を前提にしています。1つひとつ見ていきましょう。

 第1は「命の大切さ」で、命あるものは健康で生きたいことです。これは、生きることという価値を前提にしています。

  第2は「安全でありたいこと」です。ただ、生きているだけでは価値が乏しいので、安全という価値を加えたのです。

  第3は「人から愛してほしいこと」と、「どこか(家庭や職場、地域社会など)に所属していたいこと」です。人は一人では生きていけません。また、愛なしでは人生はつまらないのです。人間は、どこかに居場所があって、そこに所属して、取り巻く人々から愛されながら生きたいという欲求の基となる価値を持っているのです(もちろん、自分も誰かを愛したいのです)。

 第4は「他人から尊敬されたいこと」です。家庭にいても職場にいても社会にいても、尊敬されたいのです。尊敬というのは、自分の価値を認めてもらうことなのです。これも大切な価値なのです。

 最後の第5は「自分が望む自分になりたいこと」です。自己実現は、簡単に達成できる目標ではダメです。努力して努力して達成するから、大きな価値があるのです。自己実現こそは、私たち人間の最高の価値なのです。

 これら五つの欲求は、すべて人間の共通の価値を前提にした学説だから、きわめてよく出来ていて、今日でも人口に膾炙されています。

(2)価値観とは

 上で述べた価値の体系や優先順位(プライオリティー)を、難しい言葉ですが「価値観」と言います。価値観は、人類共通のものもあれば、個人によって異なるものもあります。また、時代によっても変化します。英語では「a sense of value」「value system」などと言うようです。

 私は1936年(昭和11年)生まれで、1943年(昭和18年)に国民学校(それまでの小学校を当時、同盟国だったドイツの制度のフォルクス・シュ-レに変えた呼称)に入学しました。大東亜戦争(戦後は太平洋戦争と呼称)中だったのです。

 さて、国民学校で習ったことは「欲しがりません、勝つまでは」「贅沢は敵だ」「足らぬ、足らぬは、工夫が足らぬ」「戦地の兵隊さんのことを思え」「銃後の守りは少国民」などでした。

 こうした標語的なものは、多分に、国の方針で無理やり与えられた価値観だったと思います。「官尊民卑」「帝国主義」「国威発揚」「滅私奉公」「富国強兵」「八紘一宇」「天皇の神聖化」「皇軍に弱卒なし」「お国のために」「軍需産業の優先」「統制経済」など、今の感覚では分からない価値観でしょう。

 1945年(昭和20年)8月15日、日本は太平洋戦争に負けて、国の方針としての価値観が大きく変わりました。戦後の価値観は「民主主義」「主権在民」「人権の尊重」「平和日本」「国際協調」「軍国主義の追放」「経済優先」「戦争放棄」「教育制度の改革」「科学立国」など、それまでと180度転換したのでした。

 また、戦後の個人的な価値観でも「幸せの追求」「思想の自由」「勤勉」「耐乏生活」「労働」「平和」「豊かさ」「民主教育」「家庭中心」「倹約と貯蓄」「差別の追放」「男女平等」「機会均等」「世界市民」「文化的生活」「自由な意見」などがありました。

 私の頭の中には「温故知新(ふるきをたずねて、あたらしきをしる)」という学びの価値観があるので、古いことを述べさせてもらいました。