一方で、いずれの立場にあるものにも共通して言えることもある。それは、「今までと同じではダメだ」ということだ。戦略の大幅な変更は避けられない。そのとき強く意識しなければならないのが、産業構造や社会環境の変化であり、それを誘発する技術の進化である。

 たとえば、「デジタル・コンバージェンス」ということがある。コンバージェンスとは、集中・収束・収斂という意味で、デジタル・コンバージェンスとは、これまで違う分野とされてきたものが、「ブロードバンド」と「デジタル」を共通項として違いが失われるようになり、業界が「融合」「一体化」していく現象を指す。

図2 未来予測レポート エレクトロニクス産業 2011-2025
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 こうした変化を誘発する大きな要因となっているのが、ネットワークである。光通信やCATV、ADSLなどが普及し、職場や家庭でブロードバンド接続できることは珍しいことではなくなった。本格普及はこれからだが、ワイヤレス・ブロードバンドもやがて一般的なものになるだろう。どこでも手軽にブロードバンドが使えるようになれば、パソコンやテレビだけでなく、様々な電子製品がネットワークにつながるようになる。接続する場所も、屋外や自動車などを含めあらゆるところに広がる。ブロードバンドは、これからの社会前提となるのだ。

 現在の「テレビ」「携帯電話」「パソコン」「カーナビ」は、20世紀に生まれた商品である。ブロードバンドというインフラがなかった時代に生まれたものだから、それぞれの機能はこれまでハードウエアに装備されていた。だが、ブロードバンドが社会インフラの前提になれば、この構造はがらりと変わる。主な機能はネットワークを通じて提供できるようになり、この結果として端末はどんどんシンプルなものになる。そして、それがパソコンなのかカーナビなのか携帯電話なのかという、端末の違いも薄れていく。各機器の違いは「ディスプレイの大きさ」と「使用できる場所」の違いだけになっていくだろう。

 テレビがインターネットに接続されつつある。携帯電話では以前からインターネットを利用した様々なサービスを利用できるようになっているし、ワンセグ放送でテレビ番組を視聴することもできるようになった。パソコンでもテレビの視聴は可能だし、通話もできる。カーナビもテレビチューナーを標準装備しているものが多くなり、通信モジュールを使ってデータを受信することもできる。機器メーカーの多くはいまだに「当社はパソコンメーカー」、「うちはカーナビ専門」などと業界の違いを強く意識しているようだが、ユーザーから見れば、もうそれはどうでもいいことなのである。

新たなアドバンテージ

図3 未来予測レポート エレクトロニクス産業 2011-2025
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 これは先進国だけの話ではない。先進国だけでなく、新興国でも携帯電話が急速に普及し、インターネットの普及も驚異的なスピードで進んでいる(図3)。ただ、ブロードバンドということでいえば、まだまだ新興国の環境は十分とはいえない。

携帯電話からの接続を中心にインターネットの普及が進んでいる新興国だが、広く普及している低価格モデルではブロードバンド向けコンテンツの活用に限界がある。新興国の消費者が端末やサービスに支払える金額も決して多くはない。中国とインドは人口が極めて多く、無線ブロードバンドで動画や音声などの膨大なデータが流れるようになれば、通信回線は間違いなくパンクする。新興国ではインフラ投資が少なくて済む「無線」から始まり、通信量の増加とともに帯域を補うために「有線」が整備されるという、先進国とは逆のパターンでインターネットの普及が進みつつある。このため、インターネットの普及は急速でも、ブロードバンドの普及には一定の時間がかかるのである。

 だが、時間差はあるにせよ多くの地域の多くの人たちがブロードバンド環境を手に入れるようになるという方向性に変わりはない。それが、あらゆるビジネスにも変革をもたらす。つまり、古いビジネスが衰退し、膨大な新ビジネスが勃興し、そのうねりは世界を覆うということだ。

そのことを考えたとき、すでにブロードバンド環境を手にしている地域に身を置き、先進ユーザーと向き合っている私たちが、いかに大きなビジネス上のアドバンテージを持っているかが分かるだろう。

田中 栄 (たなか さかえ)
アクアビット 代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー
1990年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年CSK入社、社長室所属。CSKグループ会長・故・大川功氏の下で事業計画の策定、業績評価など、実践的な経営管理を学ぶ。1993年マイクロソフト入社。WordおよびOfficeのマーケティング戦略を担当。1998年ビジネスプランナーとして日本法人の事業計画立案を統括。2002年12月に同社を退社後、2003年2月アクアビットを設立し、代表取締役に就任。主な著書「未来予測レポート2011-2025(全産業編)」「未来予測レポート エレクトロニクス産業 2011-2025」「未来予測レポート 自動車産業 2011-2025」「未来予測レポート エネルギー産業 2011-2025」「未来予測レポート2008-2020食の未来編」(日経BP社)など。北海道札幌市出身、1966年生まれ。