(4)視座力への道

 視座力を身に付けるためには、私たちは何をすべきでしょうか。私は、まず言葉から「視座」を知ることだと思います。在職中、研究室のゼミナールで、卒業研究中の学生たちに「思いつく視座をできるだけ挙げてみよう」と、1日中リストアップ作業をさせたことがあります。学生たちは、実にいろいろなものを出してくれました。

 その視座を集めて整理してみると、利用者、日本人、社長、試験官、案内係、農夫、主婦、消防士、教師、裏方、銀行員、熟練工、金主、学生、大使などのように、「者」「人」「長」「官」「係」「夫」「婦」「士」「師」「方」「員」「工」「主」「生」「使」…などの漢字で表されていることが分かったのです。何回かのリストアップで集めた視座は、漢字、カタカナ、略号、英語などを合わせると、約1万語程度ありました。

 これらの視座を使って、経験を生かしたり推測力を働かせたりして、思考力を高めたりできると考えたのです。いろいろな視座を考えることから、さらに視座力を身に付けることができるでしょう。それは、あなたの生活力、仕事力、学力、人間力、EQなどを高めるのに役立つに違いありません。

(5)視座意識

 視座力を高めるためにはどんな視座があるか、その言葉を知り、その視座を表す言葉の意味を理解することから始めます。意味が分かったら、それを意識するように心がけます。

 私は時々、近くの郵便局(今はJPという会社の支店)に行きますが、入口に警備の人(警備員)がいます。中に入ると社員(昔で言う局員)がいます。窓口に行くと、係の社員が応対してくれます。その人は窓口係をしているのです。いろいろな事務機器を操作している人もいますが、その人は機器操作者です。これだけで、警備員、社員、局員、窓口係、機器操作者という五つの視座が出ました。

 私はある日、自宅近くの郵便局で郵便物を書留便で出し、また株の配当金を受け取ろうとしました。郵便物を出すのは客であり、郵便の送り手であり、配当金を受け取るのは受取人であると同時に株主でもあります。これだけで、客、送り手、受取人、株主の四つの視座が出ました。

 私は、できるだけ速く、自分の郵便物が安全に、かつ着実に送り先に配達して欲しいと願っています。また、私は配当金を正確に、かつ誤りなく受け取りたいと思っています。視座には、それぞれの目的や願い、望ましいと思うことがあります。

 しかし、郵便局には他のお客さんもいるので、社員の方々も「たいへんだなあ」と思いつつ、急かせることなく、じっくりと見守ることにしています。これは、相手の視座に思いを馳せているつもりです。

(6)視座交換

 高齢者の私には、窓口係の社員は気を配ってくれます。記入した書類にミスがないか、老眼で字が読めなくて困っていないか、忘れ物がないか、といったことをいつも見てくれています。私の方も、迷惑をかけないように気をつけるようにしています。

 視座交換という考え方があります。お客と社員という立場を交換して考えるという一種の「思考の訓練」です。客が社員になったつもり、社員は客になったつもりで、互いに考えるのです。

 もちろん、親と子供、老人と若者、売り手と買い手、教員と学生、男と女、情報の送り手と受け手など、いろいろと視座交換ができます。こんなことを頭の中で自主訓練をするのです。それが「KY」を作らない源であると思っています。

 心理学の本を見ると、小さな子供(幼児)でも、相手の立場に同情することができるのだそうです。同情というのは、きわめて初歩的な心の動きのようです。ましてや、われわれのような大人は、仕事場で、客先で、学びの場で、近所で、自宅で、いろいろと視座について思考訓練ができるはずです。このような思考訓練力の一つひとつが視座力を支えています。

(7)視座力を生かす

 私たちがここで言いたいのは、いろいろな立場である「視座」を意識し、人の心やその場の状況や仕事の成り行きなどを推し測り、「KYにならないこと」だと考えています。

 視座力は、仕事の場で発揮することが多いと思われます。仕事に関係するいくつもの視座を意識しつつ、今、その場で、何が求められているのかを見抜き、その場に適した最も的確な考えを持つことや、その考えに基づいて行動することです。これは、視座力という基礎力によって実行できるものと思われます。

 以上述べたことを生かして自分の基礎力を高めることが、特に社会人(組織人)にとって重要であることが、本稿で展開されているエピソードでお分かりいただけることでしょう。