(1)視座とは

 人には、それぞれ立場というものがあります。そして、人は実にいろいろな立場を持って生活しているものです。企業に勤めておられる方は職階がありますから、部長や課長、係長といった立場があります。こられは属している組織の中での立場を表しています。

 一方、仕事上で関係する人々として、顧客に対しては営業マン(SE:セールス・エキスパート)であったり、配達係であったり、サービス技術者(SE:サービス・エンジニア)であったり、システム技術者(SE=システム・エンジニア)であったりします。これは仕事の担当分野から出てくる視座です。

 上の記述から、部長、課長、係長、顧客、営業マン、セールス・エキスパート、配達係、サービス技術者、サービス・エンジニア、システム技術者、システム・エンジニアといった言葉が出てきましたが、これらはすべて立場を表していますから視座と言えます。

 さて、仕事を離れて家に帰ると、結婚していれば夫または妻であり、子供がいれば父または母であり、親がいれば息子または娘でもあります。これらの夫、妻、子供、父、母、親、息子、娘といった言葉もすべて立場を表していますから、視座です。

 さらに、地域社会では住民や世帯主、ボランティアの参加者であったりします。クルマを運転すればドライバーであり、道を歩けば歩行者であり、バスに乗れば乗客です。これらの住民、世帯主、ボランティア、参加者、ドライバー、歩行者、乗客も立場を表していますから、当然、視座です。

 人は、実に数多くの立場を多重に持って生きています。そして、TPO、すなわち「時」と「場所」と「状況」によって、立場がいろいろと変化します。立場は、ある状況下では固定的であり、また別の状況では変動的でもあるのです。

 この立場のことを、私たちは「視座=stand point」と呼んでいますが、「地位=position」や「身分=station」、「持ち場=post」なども該当するようです。本稿では以下、できるだけ「視座」という言葉を使うことにします。

(2)視座を意識することとは

 人は生活する中で、立場である視座をある時は強く意識したり、ある時は意識しなかったりします。しかし、生活において視座を意識せざるを得ないことが多いのです。視座を意識するということは、その視座から事象や状況を眺めるとか、その視座に立って考えるとか、視座固有の事情を配慮するとか、視座を共有するとかの活動を伴うのです。

 近ごろ「KY=空気を読めない」ということが話題に上ります。KYには、視座を理解しない、立場をわきまえない、視座に立てないといったことが原因であることが多いと言われています。視座についての教育不足や視座を意識する訓練不足やその機会に恵まれなかった経験不足などが原因のようですが、社会人になれば視座を意識することがどうしても必要だと言えます。

 視座を意識できる能力や視座を活用できる能力、相手の視座を配慮する能力などを、私たちは「視座力」と呼んでいます。私たちが考える「視座力」を簡単に説明いたしましょう。

(3)視座力の基本とは

 誰もが敏感に、また的確に「空気を読みたいもの」です。「空気を読む」ということは、状況を把握し、状況に対処することでもあります。それができるためには、まず視座を意識し、いろいろな視座に立てることが大切です。言い換えれば、まず自分の視座を意識し、相手の視座(立場)を理解し、その視座に立てることです。視座に立てるということは、ある種の考え方(推測力)ができるということです。

 例えば、育児の場合、母親が泣いているわが子を見て、「ああ、お腹が空いたのね」と言ってミルクを与えることや、「ああ、おしっこしているのね」と言ってオムツを取り替えることも、子どもの視座に立って考えて(推測して)いるからできることなのです。

 仕事の上で「顧客の視座に立てる」ということは、顧客の考えていることや顧客の感じていること、お客様が希望していること、お客様が不満に思っていることなどが推測できる(分かる)ということです。

 また、仕事上で「上司の視座に立てる」ということは、上司の気持ちになって(これも推測)みたり、上司の目で見たり、上司の悩みを推し測ってみたりするということです。

 空気を読めるためには、感受性を働かせる力(仮に感受力としましょう)を高めること、推測力を持つことが必要です。もっと強く言えば、このような力なしでは、仕事が満足にできません。感受力や推測力は、視座力という基礎に支えられているのです。

 多くの関係者(これも視座の一つ)の視座に立てるには、IQ(知能指数)よりもEQ(心の知能指数)だという説があります。視座力は、受験勉強などで培った学力よりも、他人への思いやりや他人の心を推し測ることが効果を発揮します。