(3)長期記憶の中の知恵

 人間の脳の中にある長期記憶装置には、単なるデータも、複雑に絡み合った知識も、知識の使い方である知恵もあります。ここでは、それらを一括して「情報」と呼んでいます。知識である情報の使い方は、プロダクション・ルールという形で記憶されています。

 プロダクション・ルールは「If…,then…」とか、「If…, then…, else…」のような形であります。「もし…のときには、…の知識を使え」とか、「もし…のときには、…の知識を使え。そうでない時は、…の知識を使え」という別知識の使い方のルール(これも一種の知識ですが)を使うことになります。

 具体例を書きましょう。あるビルの15階に入っている会社の話です。総務部長が隣のビルへ行く用事ができ、総務課員であるあなたにそう言った時、外を見ると雨が降り始めていました。あなたは「部長、雨です。傘をお忘れなく」と言いますよね。もし、隣のビルまで地下道があれば、「部長、雨です。地下道からお行きになる方がいいですよ」と言うでしょう。

 「もし(If)上司の部長が出かける時、外が雨ならば、その時は(then)傘を持つように言います」「そうでない時は(else)、地下道があれば、それを使うことをお勧めします」という形にまとめられます。これは、すべてプロダクション・ルールで書くことができ、知恵(知識の使い方)の一つの例なのです。

 こんな日常的なことでも、知識利用のモデルかできています。私たちは、このようなルールに基づいて日常の行動がスムースに、場合によっては無意識的にできると言えます。

(4)視座・視点・価値観から判断力や行動力へ

 人間は、こうした知識や知恵を多数貯蔵していて、「TPO(時、場所、状況)」に応じて、使い分けるのですが、その時、大切なのが「視座、視点、価値観」という三つのキーワードなのです。

 (I)視座、(II)視点、(III)価値観、などというと難しく聞こえますが、分かりやすく言いますと、(I)どんな立場を意識しているのですか、(II)どこに目を付けているのですか、(III)何を大切にしたいのですか、の3点を意識することなのです。ここでは、この「視座・視点・価値観のセット」を取り上げています。

 部長の外出の例では、部長という視座、外出する人(外に仕事ができた人)という視座、課員という自分の視座、部長と課員という関係にある視座を意識しなければなりません。もし意識しなければ、部長に対して、ただ「行ってらっしゃい」と言うだけに終わるでしょう。

 視点としては、部長の外出、行き先(隣のビル)、外は雨、部長を濡れさせるのはよくないという心理が働き、傘の用意、地下道の利用などが出てきます。これらは配慮の視点と言えるかもしれません。

 そして、価値観としては、部長がビルの外へ出て、初めて雨に気づき、傘を取りに戻るという二度手間をかけさせたくないこと、地下道の利用に気づいていないのなら言ってあげること、忙しい部長の時間を気遣うこと、課員の誰かが気づいて注意してほしいという部長の心理に思いを馳せること、ビルのエレベーターをムダに1回使うことを無くすこと(エコ意識)などで、すべては「思いやり」という価値観がベースにあります。

(5)思考のきっかけとしての視座・視点・価値観

 認知したことと、その結果である情報を前提として、情報を活用するには、まず視座(立場)を意識すること、視点(注目点や着眼点、関心事など)を意識すること、価値観(大切にしたいこと)を意識することが欠かせません。この3点セットを基にして、自分を含めた状況に「思いを馳せること」が大切であります。

 視座は立場ですが、人間はいろいろな立場を持ち、いろいろと立場を使い分けます。また、視点である着眼点ですが、気づきの基となります。さらに、価値観ですが、何を大切にしたいか、何を守りたいか、何が好きであるかという自分がこだわる価値に対する考え方です。

 このような何でもないことが仕事の上で大きな働きをしますので、これから学んでいただきます。今回は「視座力・視点力・価値観力」の入口となるお話でした。