センサーや産業用設備などをネットワークで接続し、機器同士がデータを交換することで高度な制御を実現しようという「M2M(マシン・ツー・マシン)」。この用途を狙ったクラウドコンピューティング環境「M2Mクラウド」が、立ち上がろうとしている。

 東日本大震災以降の電力危機から世間の注目を集めているスマートグリッド(次世代送電網)も、スマートメーターという機器をネットワークで接続するという意味ではM2Mクラウドのアプリケーションの一つといえる。M2Mクラウドは、より快適で安心・安全な生活環境を提供するスマートシティのIT(情報技術)インフラになるのである。

無線環境の広がりがM2Mを現実解に

 M2Mでネットワーク接続される「機器」としては、大きなものから豆粒のようなデバイスまで実に様々なものが想定されている。例えば、工場の生産設備やビルの空調設備、監視カメラや各種のセンサー、RFID(無線ICタグ)などである。

 このM2Mの実現に向けて、各種のセンサーなどが測定した大量のデータを収集・管理するためのコンピューティング環境を提供するのがM2Mクラウドだ。国内IT大手が、その立ち上げを急いでいる(表1)。富士通の「コンバージェンスサービス」や、NECの「M2Mサービスプラットフォーム」、NTTデータの「M2Mプラットフォームサービス(仮称)」である。それぞれ今夏~2011年度内のサービス開始を目標としている。

表1●M2Mを対象に投入準備が進むプラットフォームサービスの例
ベンダー名
サービス名
概要
開始時期
富士通コンバージェンスサービス大量データを分析し、リアルタイムに活用するためのクラウド基盤。各種のセンサーなどで収集したデータを蓄積し、オープンインタフェースを介して各種のアプリケーションが利用しやすい形で提供する。この基盤上に、業種別・業務別のサービスを、顧客企業などと連携しながら構築していく。第1弾として、位置情報と組み合わせたデータ活用のための「SPATIOWL(スペーシオウル)」を提供するSPATIOWLの提供は2011年7月
NECM2Mサービスプラットフォーム企業や通信事業者がM2Mサービスを始める際に必要な基本機能をパッケージ化したもの。M2Mサービスに接続する各種のセンサーや自動販売機などの認証・制御や、各機器からのデータ収集・蓄積機能、セキュリティー機能などを提供する。サービス事業者に提供するほか、NEC自身も、このプラットフォームを使ったクラウド事業を展開する予定同プラットフォームを使ったサービス事業者が2011年度上半期に開始する予定
NTTデータM2Mプラットフォームサービス(仮)各種センサーや機器をネットワークでつなぎ、収集したデータをセキュアに管理・運用するためのプラットフォーム。インテリジェントビル管理、電気自動車(EV)の充電インフラ、橋梁モニタリングなど、これまで個別に構築してきたアプリケーションが共通に利用できるように、共通アーキテクチャーを定める2011年度中にも開始したい考え

 M2Mクラウドは、接続される機器やセンサーの認証、セキュリティーの確保といった機能を備える。大量のデータを蓄積して後から分析するだけでなく、「今、起こっていること」にも対応するためにリアルタイムにデータを処理する機能や、その分析結果による制御指令の送出までを自動的に処理するワークフロー機能も装備している。

 「M2M」というキーワード自体は決して目新しくはない。以前から、自動販売機をネットワークで管理センターのサーバーに接続し、商品の販売量を遠隔地から取得し、補充量の事前把握と補充ルートの最適化を図る仕組みなどが構築されてきた。しかし、M2Mの市場は黎明(れいめい)期を脱してはいなかった。

 それがここに来て再浮上してきた最大の理由は、「携帯電話や無線LANなどの普及により、機器接続用のネットワーク環境が一変した」(NECの泉尚教ネットワークサービスシステム事業部シニアマネージャー)ことにある。無線ネットワークにつなぐための部品が安価になり、十分な高速性を備えた無線通信の料金も下がったことで、大量の機器をつなぐアプリケーションが現実的に使えるようになったのだ。

 種々のITの進展がタイミング良く重なったこともある。センサーが取得した大量データをさばくためのデータ管理・検索技術の進歩や、取得したデータをリアルタイムに処理するための新技術だ。アプリケーション処理をネットワーク側で実行するクラウドコンピューティングへの認知度が高まり、IT各社のビジネスモデルが変化してきたことも理由に挙げられる。

データの組み合わせが新たな価値を生む

 M2Mクラウド上で実現できるアプリケーションとしてIT各社が想定するのは、スマートグリッドやスマートハウスといったエネルギー関連のほか、農業や医療、交通・物流、機器の遠隔管理などだ。同種のアプリケーションは従来、個別最適なオーダーメード型で構築されてきた。M2Mクラウドでは、これらアプリケーションが共通のITインフラ上に構築され、データの共有などが進む。スマートシティは、これらアプリケーションの集大成だとも言える。

 M2Mクラウドの意義について、富士通の川妻庸男執行役員常務コンバージェンスサービスビジネスグループ長は、「従来は、目的ありきで、必要なデータしか収集してこなかった。これからはデータありきで、それらの組み合わせによって新たなアプリケーションが考えられるようになる。すべてのデータを自ら集める必要さえなくなるし、手元にあるデータの価値すらも大きく変化する」と話す。

 具体例の一つが、富士通が7月から開始した「SPATIOWL(スペーシオウル)」。位置情報を組み合わせたデータ活用サービスで、コンバージェンスサービスの機能を使ったアプリケーションサービスの第1弾になる。

 SPATIOWLでは、利用企業などが持つ種々のデータに、富士通が用意する位置情報データを組み合わせることで、これまで見えにくかった“場所”に起因する価値を可視化する。例えば、地域の不動産情報に、渋滞情報や地域住民の声などを組み合わせれば、駅からの近さだけでなく、安心・安全に暮らせる地域なのか、朝型・夜型といったライフスタイルにあっているのかどうか、といった生活者にとって価値のある情報を導き出せる。