成熟の加速、世代交代へ
個人の意識という点では、今回の震災で目立ったのが「積極的なボランティア」や「寄付の日常化」である。順番待ちまでしてボランティア活動するなど、これまでの日本ではあまりみられなかった光景だ。甚大な災害であったことはもちろんだが、自らの良心や精神的満足のために行動を起こすということは、国民の社会性が成熟したことの証左といえる。これまでの日本は、先進国だと自認してはいるが、その実は単にお金を持っているだけの「成金」に過ぎなかった。だが、目先の損得を超えて社会のために貢献しようとする姿は、まぎれもなく先進国のものといえるだろう。
モノに対する欲求は、時代とともに変遷する。終戦直後の日本は、とにかくモノが不足し、生活必需品さえ満足に揃わなかった。不完全であろうが不備があろうが、とにかく「ある」ことが重要で、生きるためにモノを必要としていた。モノへの渇望を背景に、「モノが満たされることこそ幸せ」という工業化社会的な価値観が生まれたのである。そして、「少ないより多いほうがいい」「古いものより新しいほうがいい」「安物より高級品がいい」といった、モノを基準とする価値観が形成されていった。
現代の日本では、生活に必要なモノは一通り揃っている。国内では各メーカーがしのぎを削る一方で、海外からも格安品が大量に流入した結果である。だが、いくら身の回りがモノで満たされていても、それが100円ショップにあるような安っぽく薄っぺらなものばかりでは、決して幸せは感じられないということに人々は気づきはじめている。今後、モノに対して「精神的な満足」を求める傾向が強くなっていく。これまでの「高い/安い」という二元的な価値観から抜け出し、心からの満足をめざして「モノの奥行き(=コト)」に目を向けるようになるだろう。
日本では今回の震災をきっかけに「世代交代」が進み、本当の意味で先進国へと生まれ変わるのではないかと筆者は考えている。ひたすら安さと数を追求する「ブルーカラー・ビジネス」から、知恵で経済的価値を生み出す「ホワイトカラー・ビジネス」へ移行するということだ。今は時代の変わり目であり、そこに「震災」が重なったことで、さらにその流れは加速しくはずだ。
日本の先行きは決して暗くない
復興関連の内需は少なくとも今後2~3年は続き、それが冷え込んだ景気を下支えするだろう。10兆円を超える巨大な公共事業が発生することは確実だ。特に建設分野は裾野が広く、ほとんどが国内企業であるため波及効果も大きい。だが、これらの需要や雇用は一時的なものであり、永続的ではない。これを足がかりに、どれだけ新しい産業を構築できるかで、日本の将来は変わってくる。
格付け会社は、日本の経済見通しの評価をプラスへと転換させている。財政危機に直面している欧州、財政赤字と不動産価格の低迷で景気回復の出口が見えない米国、経済成長の鈍化と不動産バブルが崩壊する中国などと比較すれば、日本を取り巻く環境はそれほど悪くない。
今の日本は、新しい可能性に溢れている。それなのに、従来の価値観にとらわれて「ダメだ」とため息をついているように感じる。日本のものづくりは国際競争力を失ったのではない。大地震によって日本からの部品供給が滞ることで、ものづくりのサプライチェーンが世界的に混乱した。このことは、ものづくり分野における日本の強さの証明でもあった。
日本のものづくりの強みは「幅広さ」と「厚み」である。これだけ多くの産業分野で、世界トップクラスの技術や商品が揃っている国はない。設計、材料、装置、加工技術などは、長い年月をかけて形成されてきた伝統がある。単純な機械化ではキャッチアップできない、「クリエーティブ」が要求される分野なのだ。日本が培ってきたものづくりの技と知識は、新興国が一朝一夕で追いつけるものではない。これらを組み合わせ、新しい「価値あるビジネス」をどのように生み出すか。今の日本で本当に重要なのは、そのプロデュース能力なのかもしれない。
アクアビット 代表取締役 チーフ・ビジネスプランナー