ピュリツァー賞を3度受賞したジャーナリストであるトーマス フリードマンはベストセラーとなった著書「フラット化する世界」で、世界の仕組みは大きく変わりつつある、と述べています。エレクトロニクスの急速な進化、特に高速なインターネット技術の出現によって、地球上のあらゆる場所にいる人間との共同作業が可能になり、先進国からインドや中国へのアウトソーシングが始まりました。また、ブログやGoogleにより、インターネットに接続する個人が既存のメディアと対抗できるほどの、競争力を得てきています。個人の働き方、企業のビジネスモデル、さらには国家のシステムさえもが変わろうとしている劇的な変化を指して、フリードマンは「世界のフラット化」と述べています。

 その結果、日本のような先進国の知識労働者の仕事は急速に、インドや中国の人達あるいは、コンピュータやインターネット、ロボットなどに取って代わられつつあります。そんな「フラット化した」現代で、本当に先進国の人間でなければできない重要な能力とは、創造性と他人と共感できる能力ではないでしょうか。創造性については、アルキメデスやニュートンを例に取って、以前のコラム(アルキメデスの王冠とニュートンのリンゴ~「コンセプトの時代」を切り開く創造性~)で触れましたので、ここでは共感力について考えます。

 いつの時代でも、他人の気持ちを思いやる共感力を発揮することで、職場が和やかで明るくなり、チーム全体がポジティブな気持ちで、生産性が向上する。こういった共感力の重要性は古くから言われてきました。共感力がなぜ重要か、更に「フラット化した」現代ならではの理由もあります。

 「21世紀は統合の世紀」とも言われるように、現代は、技術や社会システムが極めて複雑化し、多くの分野の技術、あるいは、技術に留まらない、文系・理系、多種多様な分野の人の力を結集することが、重要になってきます。

 そこで必要とされる組織は、「上からの目線」で軍隊式のタテ型の組織ではなく、上下関係が少ない、プロが横につながるフラットな組織です。フラットな組織の中で円滑なコミュニケーションを行うためにカギとなるのが、「横からの目線」、共感力です。

 例えば、私が研究開発を行ってきた半導体メモリの分野では、パソコンなどのメインメモリとして古くから使われているDRAMは、微細加工技術と回路技術が差異化の要因でした。一方、携帯機器やパソコンのストレージとして、近年急激に成長し、私が長年研究しているフラッシュ・メモリは、コストが重要な製品ではありますが、微細加工プロセス技術、回路技術に加えて、メモリのエラーを訂正する信号処理技術やOS(ファイル・システム)と多種多様な技術の全体最適化が必要です。

 このように多様な技術の統合は、一つの会社や組織だけで行うことができません。フラッシュ・メモリの例では、プロセス技術は日・米・欧の半導体装置メーカー、デバイスや回路技術は東芝や韓国Samsung Electronics社といった半導体メーカー、信号処理技術はシリコンバレーやイスラエルのベンチャー企業、OSは米MicrosoftやGoogle、そしてフラッシュ・メモリを購買する顧客は、米AppleやAndroid携帯を製造する世界中の携帯電話メーカーといった具合です。

 これだけ複雑で、人種も価値観も専門性も多種多様な人達が協力して仕事を進めるためには、高度成長期の日本のような、「上からの目線」で上意下達、トップダウンの軍隊式の組織では難しい。全ての分野を理解して、日常的に交通整理を行う天才的なトップは、AppleのCEOであるスティーブ・ジョブズのような例外を除いては、なかなか居るものではありませんから。

 一人の天才に頼るよりはむしろ、組織の指揮系統の階層を極力減らしたフラットな組織の中で、各分野のプロが自分の狭い専門の中、いわゆる「タコつぼ」に閉じこもらず、他の分野の専門家とも積極的にコミュニケーションを取り、全体の最適化を図る。そんな、自律的な組織が必要になるのではないでしょうか。多様な人とのコミュニケーションを取るために最も大事な能力が、「横からの目線」で相手を思いやる能力、共感力なのです。