アドバンスト・ソフトマテリアルは創業時に伊藤研究室から趙さんが取締役で就任して研究開発を担当し、その後は財務を担当する専門家も取締役に加わった。そして、2007年には原社長と山中取締役(2008年に取締役に就任)は加わり、大学発ベンチャー企業を経営する人材がそろった。同社に出資している東京大学エッジキャピタルの郷治友孝代表取締役社長は「ベンチャー企業の成否を左右するには、経営チームの組み方」という。この点でも、アドバンスト・ソフトマテリアルは日本の大学発ベンチャー企業の中で、参考にすべき点が多い存在になっている。

宇部興産と包括的提携を結び、事業基盤を固める節目に

 2010年10月にアドバンスト・ソフトマテリアルは「宇部興産と包括的提携を結んだ」と発表した。包括的提携の具体的な内容は公表しないとしているが、スライドリングマテリアルの量産法の開発、生産と供給、新規用途の開発などを手がけるとしている。

 原社長は当然、「具体的な中身は話せない」という。ベンチャー企業と大手企業との包括的提携は「具体的な項目での細部を詰めていく作業に時間がかかった」とだけ説明する。ベンチャー企業が大手企業と補完的な事業提携を結ぶ事業戦略は王道と考えられながらも、実際に事業提携に成功した企業はあまり多くない。この点でも、同社はあまり前のことを淡々と実行する機動力にたけているといえる。この点は、控え目ながら着実に仕事をこなしていく原社長の経営手腕による所が多いといえる。

 2011年4月には住友精化と「包括的契約に関する基本合意書」を締結したと発表し、大手企業と補完的な事業提携を結ぶ事業戦略をさらに拡充した。

 同社は現在、社員数が合計21人に達した。企業規模としては立派な中小企業である。原社長は同社の事業の成功が社員の人生に大きな影響をもたらすことを経営者として自覚している。それだけに、慎重でありながら、ある意味大胆に事業の布石を次々と打っている。

 スライドリングマテリアルは独創的な超分子であるだけに、同社の創業前には、衣料品や医療品などへの用途展開もかなり期待された。しかし、実際に実用化を目指して企業と共同研究を実施すると、その用途分野に独特の課題が次々と浮かび上がる。この点では、まず機能性塗料を実用化し、エラストマーを製品化することで、それぞれ事業の柱を実際に打ち立てた原社長の経営手腕は高く評価していいだろう。

 現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の産業実用化開発助成事業に採択され、豊田合成と共同で誘電型アクチュエーターを開発中だ。スライドリングマテリアルを誘電体に用いるという点でまったく新しい可能性を切り開く共同開発である。この点でも、スライドリングマテリアルの可能性を着実に広げている。材料科学の専門家でもある原社長の面目躍如といえる共同開発テーマといえるだろう。

(注) スライドリングマテリアルは、分子で作られたナノサイズの環状分子“ネックレス”が動く架橋点として機能する超分子である。こうした超分子は「ポリロタキサン」と呼ばれている。直鎖状高分子「ポリエチレングリコール(PEG)」と、 環状分子「シクロデキストリン(CD)」、ストッパー分子「アダマンタンアミン」の3種類の分子で構成されている。

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図A 分子で作られたナノサイズの“ネックレス”が直鎖状高分子を貫通し、滑る架橋点として機能する基本構造の模式図(アドバンスト・ソフトマテリアル提供)