この当時から、東京大学TLOは技術移転事業のマーケティング活動業務を、リクルートのテクノロジーマネジメント開発室に委託していた。その当時の技術移転案件の一つが伊藤教授のスライドリングマテリアルの研究成果だった。リクルート側として、この案件の技術移転を担当したのが、原チーフアソシエイトだった。

 原チーフアソシエイトは東大工学部を卒業後に、米MIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に進学し、材料系の研究テーマで博士号を取得した材料科学の専門家だった。原チーフアソシエイトはスライドリングマテリアルの新材料としての可能性を技術移転事業の担当者として探った。可能性のある用途向けに、企業との共同研究テーマをいくつも提案し、その可能性を追求した。

 スライドリングマテリアルの基本となる特許出願も、原チーフアソシエイトは強力に支援した。「物質特許ではなく、構造特許として成立した点が大きな強み」と解説する。後日、この基本特許は2003年9月に日本で、2004年7月に米国で、2005年9月に中国で、2009年2月にEU(欧州)で成立し、同社の事業推進の基盤の一つとなった。この特許出願の戦略を、原チーフアソシエイトは担当者として支援をした。さらに、アドバンスト・ソフトマテリアルが創業した時には、この特許を持つ東大・東京大学TLOから特許の実施権ライセンス契約を結ぶ際の実務を担当した。

 東京大学TLOの山本社長は、最初は企業との共同研究を目指したが、スライドリングマテリアルが持つ独創的な機能の奥深さに気づいた。このため、2002年度に文部科学省が新設した「平成14年度大学等発ベンチャー創出支援制度」に応募した。この結果、2002年9月には見事に採択された。この時には、伊藤教授が申請者と代表研究者を務め、東京大学TLOがマネジメント事業者を担当した。この時点から、伊藤教授が企業と共同研究し、その開発成果などを技術移転するモデルから、ベンチャー企業を創業し、同社が既存企業と共同研究して事業化を目指すモデルに切り替わった。

 アドバンスト・ソフトマテリアルの創業者・取締役である伊藤教授は、「大学等発ベンチャー創出支援制度の開発資金によって、スライドリングマテリアルの基本特許を出すための追加試験や量産化に適した合成法の開発などを進めることができ、創業準備を進めることができた」と語る。

 2005年3月の創業直後に東京大学関連のベンチャーキャピタル(VC)である東京大学エッジキャピタル(UTEC、東京都文京区)から投資を受け、ベンチャー企業としての 当座の事業推進費用をまかなうことができた。東大が産学連携体制として、東京大学TLOと東京大学エッジキャピタルの二つを備えていたことが効果を上げた典型例である。

伊藤教授から代表取締役社長の就任依頼を受け、経営者に転身

 原さんがアドバンスト・ソフトマテリアルを支援する黒子役から事業推進の責任者に切り替わるのは2007年に入ってからだ。2007年3月に同社は創業から2年が過ぎ、企業としての体裁を整えるまでとの約束で、創業当時に社長を引き受けた梶原浩さん(現、相談役)の後任を探し始めていた。

 2007年10月に創業者・取締役である伊藤教授は、原さんに正式に社長就任を頼んだ。リクルート側の担当者として、スライドリングマテリアルの可能性をよく知り、企業などとの共同研究の提携などの際に、粘り強く交渉し、事業化の可能性を一番よく知っている人物だったからだ。