2種類の羽根を同心円状に備えたこの扇風機、ものづくりベンチャー企業のバルミューダデザイン(本社東京・小金井市)が開発し、2010年4月に発売した「GreenFan」である*。この扇風機が織り成す風の流れ方とは、どのようなものか。答えは、図1を見れば一目瞭然だ。扇風機の前方約50cmまでは空気がほぼ前方に進むが、それ以降は拡散する。これが一般的な扇風機だと、ほぼ前方にしか直進しない。
* 本体寸法:幅330×奥行き320×高さ867mm(部品を取り外して卓上用にすると高さ467mm)、質量:3.8kg、消費電力:4~21W、価格:3万3800円(税込み)。
その具体的なメカニズムは、残念ながら解明されていない。しかし、流体力学に詳しい東京大学教授の西成活裕氏によると「途中で空気の流れが変化しているのであれば、その付近で層流が乱流に遷移している可能性がある」という。風速の異なる2種類の風が隣り合って流れることで、乱流遷移が起こるのかもしれない。
さてここで、もう1問。バルミューダデザインは、なぜこのような摩訶不思議な扇風機を開発したのだろうか。この答えは、現象のメカニズムとは対照的に至ってシンプルだ。「扇風機から、自然界に近い『優しい風』を出したかった」(同社代表取締役の寺尾玄氏)。ただ、それだけなのである。
同社は、2003年に寺尾氏が設立。当初は、デザイン性を重視した高価格帯のパソコン周辺機器などを設計・製造・販売していたが、2009年から商品ジャンルを冷暖房機器に急転換した。「地球温暖化と化石燃料の枯渇は深刻化する。そのソリューションを提供できれば小さな会社でも時代の波に乗れる」(同氏)と考えたからだ。
優しい風を出すためのヒントは、寺尾氏が何年も前に、とある町工場の職人から聞いた言葉にあった。「扇風機の風は強すぎて、ずっとは当たっていられない。でも、いったん壁にぶつけると優しい風に変わる」。実はこれ、壁乱流といわれるもの。空気が物体に当たると、物体表面に沿って流れる空気の流れの中に乱流が発生するのだ。その職人は、空気の流れのメカニズムを知らずとも、「乱流は優しい」ことを経験から学んでいたのである。
小学生30人が互いに足をひもで結び、100m走のタイムを争う「小学生クラス対抗30人31脚」というテレビ番組もヒントをくれた。「30人の中に足の遅い子がいると、その子に引っ張られて足の速い子の速度も遅くなる。横一直線でスタートしても途中で形が乱れるのを見て、空気も同じではないかと思った」(同氏)。扇風機から同じ速度の風を送るのではなく、速度の違う風を送れば、乱れた流れを作れるかもしれないと考えたのだ。
それからは試行錯誤の日々。羽根の形状、枚数、厚みや素材の組み合わせを変え、ラピッド・プロトタイピングで試作する。その数、約50枚(図2)。モータの回転数調整やファンを覆うガードの試作も繰り返し、サンプル品が届いたのは発表会の数日前だった。「自分のやりたいことだから苦に感じなかった」と、同氏は涼しい顔だ。