多視済済!

 前ページの1は,スライダがどこにあってもファスナーを開放できるので,開けるときにスライダを探す必要がない。その特徴から,欧州では救命胴衣に採用された(右図)。非常時に,救命胴衣に搭載したボンベからガスが放出されると,図中の部分を始点としてファスナー全体が開放され,救命胴衣が瞬時に膨張する。

タイトル
2007年に製品化された救命胴衣。ガスの圧力で,ファスナー全体が開放する。

 同じく2も既に製品化されている。その用途はスポーツウエア。前開き部分に使えば,ウエアの曲げにファスナーが追従し着心地が良くなる。同様に,競泳用水着などでも特徴を生かせる。

 そのほかにYKKは,下に示した3 4の製品も造っている。これらはどのような場面で使えるのだろうか。実は,34は,実際の製品に採用された例がない。それどころか,まだ開発途上だ。それなのに同社は積極的に公表する。

スライダを使わずに開閉できる「マグネットファスナー」。エレメントがプラマグでできており,磁力によって自動で閉まる。写真の上下方向に引っ張っても,開放されることはない。
上(a)からでも横(b)からでもスライダを固定できる「ez-TRAK」。スライダの下部にある「下止め」と呼ばれる部品が「J」形なのが特徴だ。横から挿入するときは,挿入側の下部にある突起を支点にして回転させる

 その背景にあるのは,ファスナーが成熟製品である,という事情だ。ファスナーが誕生してから約100年。同社は既に10万種類もの製品を提供し,さまざまなニーズに応えてきた。ただ,これだけラインアップが充実すると,新しい用途や改良点を見つけづらくなる。かといって,すべての要求を満足しているはずはなく,改良点は必ずある。

 同社は,このような状況で新たな製品を作り出し,市場を拡大するには,「新しいニーズを探す」(同社)ことが必要とみている。それは,「もう少し改良すれば使い勝手が良くなるのに」という,「ぼんやりとした希望」(同社)を見つけ出す作業である。

 その手段として同社は,あえて開発途上の製品をユーザーに提示し,ユーザーと共にまだ見えぬ課題を探したり,用途を探したりする機会を設定している。ここに挙げた4製品も,そうした場で披露されたものだ

2009年9月に,全国4会場でユーザー向け展示会「YKK FASTENING CREATION for 2010」を開催した。

 例えば3なら,工場の資材受け入れ口に取り付けて,搬送用車両が通り抜けたら自然に閉じるようにする,といったアイデアを得る。と同時に,それを実現するには低価格化や耐久性の向上といった課題が出てくる。4であれば,手袋をはめた手でも扱いやすいから,クリーンルーム用の作業服に使えるのでは,といったアイデアも出てくるだろう。そうすると,清浄度の基準をクリアする必要があると新しい課題が分かる。

 このように,ユーザーとの対話によって開発の方向性を探るのだ。市場の拡大を狙う同社は,機能性ファスナーによってさまざまなユーザーとの間をも留めようとしている。