その答えを理解するには,まず刺しゅうの工程を知ってもらう必要がある。炭素繊維のプリフォームを作製する機械(カーボン成形機)は,工業用刺しゅう機メーカーの東海工業ミシン(本社愛知県春日井市)が,同社が持つ刺しゅう機の技術をベースに開発した(図1)*1。
*1 装置の販売は東海工業ミシンの親会社であるタジマ工業(本社名古屋市)が行う。
刺しゅう機では,布を固定したテーブルをXYテーブルのように前後左右に動かし,針を刺す位置を決定する。布テープなどを縫いとめる機能を持つ機械では,同テープの供給方向を変更できるよう,ヘッドを旋回できる。カーボン成形機でも基本的に,同様の構成だ。不織布を使い,テープの代わりに炭素繊維のトウ*2を供給する。
*2 トウ 炭素繊維の供給形態の一つで,数千本以上のフィラメントが束になった状態のもの。
ただし,トウに針を直接通して縫い付けるわけではない(図2)。トウをまたぐように,幅方向の両端の脇を交互に縫っていく。こうすることで,糸によって炭素繊維を不織布などの基材に縫い付けるわけだ。針は,1時間で4万5000回上下動し,通常のミシンと同様,裏面には下糸の模様が出る(図3)。
このような方法を採用することでプリフォームを低コスト化できる理由は,大きく三つある。一つは,炭素繊維を織って作製したシートを切断する方法と比較して,無駄になる炭素繊維がほとんどないこと。もう一つは,平面上であれば炭素繊維を配置する方向を自由に決められるため,応力の方向に応じた必要最小限の炭素繊維の使用量に抑えられることだ。例えば,図3の形状は航空機の窓枠を想定した試作品だが,楕円形状に沿って炭素繊維を配置できる。厚さ方向についても,現状では10mm(12Kのトウで約30層分の厚さ)まで積層でき,強度が必要な部分だけに多くの炭素繊維を配置するといった調整も容易にできる(図4)。
最後の一つが,同一形状のプリフォームを数値制御によって大量に造れることだ。一つのテーブルには最大32個のヘッドを取り付けられる。