図1●固形トナーを使って印字する「Océ ColorWave 600」
体重約60kgの男性が,両端を支持した状態のステンレス鋼板に乗っている様子。
実は,このステンレス鋼板,長さ150×幅80×厚さ8mmの2枚のステンレス鋼板を端面で接着したもの。この接着剤をリグニンから製造した。

  右の写真は,体重60kg程度の男性が長さ300×幅80×厚さ8mmのステンレス鋼板の上に乗っている様子。一見,何の変哲もないが,実はこのステンレス鋼板,1枚物ではない。長さ150×幅80×厚さ8mmの2枚のステンレス鋼板を,端面同士で接着したものだ。写真の男性は,その接着面をまたいで足を置いている。

  新しい機能性材料とは,ここに利用した接着剤にほかならない。ステンレス鋼板同士の接着強度は90MPa。これは,エポキシ系接着剤の約3倍に相当する。体重60kg程度の男性が一人乗るくらいでは,びくともしない。

  これまでバイオマス原料には向かないと考えられてきたリグニンから,こうした機能性材料を製造するポイントは大きく二つある。第一は,リグニンの低分子化だ。前述した通り,リグニンは巨大で複雑な分子構造を持つため,ポリマの原料まで一気に分解するのは至難の業。そこで,アルカリ(NaOH)溶液中でリグニンにニトロベンゼンを加えて,1~2時間置く。すると,酸化分解により高分子の鎖が切れ,扱いやすいバニリンやバニリン酸といった低分子化合物が得られる。

  第二のポイントは,これら低分子化合物のポリマ原料化である。スフィンゴモナス属細菌といった遺伝子組み換え微生物による発酵を用い,安定した中間体であるPDC(2-ピロン-4,6-ジカルボン酸)に変換する。要は,リグニン由来の化合物を炭素源,あるいはエネルギ源として活動する細菌を利用してバニリンやバニリン酸などを分解し,PDCを生成するのだ。「発酵前の,細菌の培養を含めても,この工程は1~2日程度と短い。しかも,収率は90%以上と高い」(森林総合研究所バイオマス化学研究領域長の大原誠資氏)。

  ここまで来れば,あとはPDCを重縮合してポリマ化すればよい。その一つが接着剤で,ほかにもポリエステルフィルムなどの製造が可能とされている。

  このように,リグニンをバイオマス原料として活用するメリットは大きい。一つは,安定確保が可能な点。リグニンは現在,製紙工場で自家発電用燃料として利用されているだけで,ほとんどが廃棄されている。この分に加えて,全国に約860万m3あるという,林地に放置された材(林地残材)も活用できる。さらに,農林水産省などが2030年ごろをメドに進めている,木質系バイオマスからバイオエタノールを200万~220万kL生産するという計画が実現すれば,新たに280万tという大量のリグニンが発生する。無論,これも使える。

  もう一つは,食料との競合を心配する必要がない点だ。同じバイオプラスチックでも,トウモロコシから造るポリ乳酸などとは,この点が大きく異なる。

  今回の成果は,リグニンのポリマ原料としての可能性の扉を開いたもので,実用化にはまだ課題が残る。特に,低分子化のプロセスは160℃という高温を要するため,エネルギの投入が必要。加えて,アルカリの回収方法を確立したり,ニトロベンゼンの繰り返し使用を可能にしたりする必要がある。「今後は大量生産を視野に,コスト競争力をつけていきたい」(同氏)という。

リグニンからバイオプラスチックを製造するプロセス。低分子化と,遺伝子組み換え微生物による発酵過程を経て,ポリマ原料となるPDCを得る。
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