政府主導のイノベーションについて

 TD-SCDMAは中国政府が強力に推進する中で、中国での商用化に成功した。スポーツで例えれば、2Gの時代、中国はただ“観戦”しているだけの“学生”だった。3Gの時代、中国は試合に参加する資格を取り、“参戦”できる“選手”となった。今後の4Gの時代、TD-LTE技術は標準化だけに留まらず、さらには中国だけの応用に留まらないグローバルに展開にできる可能性があり、うまくいけば“参戦”だけではなく“リード”する可能性も十分にある。政府主導のイノベーションのさらなる成功と言えるだろう。

 しかし、同様に政府が推進していた、他のコンシューマ機器関連の光ディスクやコーデックなどに関する中国標準、例えば光ディスク規格のEVD、AVコーデック規格のAVS、無線LANの通信暗号化技術WAPIなどのほとんどは、途中で挫折したり、瀕死の状況だったりする。本来、イノベーションは企業主導で行われるべきであり、市場ニーズに直結しない技術はどんなに優れていても、「死の谷」といわれるイノベーションの壁を乗り越えることが困難である。市場ニーズを最もよく知る者は企業であって、決して政府や研究者ではない。

 儲かる期待値が低かったり研究開発期間が長かったりする分野、そして通信などの国家インフラとも関わる基幹産業では、政府主導が必要である。一方でコンシューマ機器などの市場主導の領域では、企業や市場主導のほうが妥当ではないか。過去の経験や教訓により、近年、中国国内でもイノベーションの成功は市場で決められ、企業のイノベーション力を強化すべき、といった声も強くなっている。

 日本では、企業によるイノベーション・システムが健在である。一方で、政府が主導する技術戦略やイノベーション力が弱くなっているのではないかと、個人的には感じている。

 大きな話題になっているスーパー・コンピュータの研究開発について、中国は国家プロジェクトとすることで、猛スピードで世界レベルに追いつき。2003年にはついに世界No.1を達成した。今年、日本に奪回されたものの、トップ10のうち依然2機は中国製である。

 日本の政治体制の特色の一つは「小政府、大社会」、つまり「政府が小さく、企業が大きい」ということだ。企業に大きな自由度を与えるといった良い面も少なくはないが、日本政府は「企業外の管理」の補足でしかないといった印象である。一方、大企業は系列会社のネットワークを持ち、他の国では政府が行っている事も担当している。JR東海は、一会社としてリニアモーターカーの建設プロジェクトを背負い、膨大な建設資金も主に自立で負担する。そのため、建設期間は遥かに長い。スパコンも同様で、主にいくつかの民間企業が牽引している。もし数年前に、富士通も収益の理由でNECおよび日立と同様に、撤退していたら、日本のスパコンの運命はどうなっただろうか。日本のスパコン「京」は7年ぶりに世界一を奪回したが、スパコンの競争は激しい。開発に費用と時間がかかるため、民間企業だけで継続的にリードするのはかなり難しいだろう。今回の大震災に関しても、国のリーダーシップが発揮できない状況に陥った。90年代から始まった“失われた20年”が、それらを物語っているように感じる。

 中国はもっと企業のイノベーション力を提唱すべきだが、日本はもっと政府主導のイノベーションを強化すべきではないだろうか。二つの国の間には、このような正反対のことが実に多いと改めて感じている。お互いに参考にして改善するのが、何より望ましいことだ。