13億超の人口を抱える中国の中でも、四川省は人口の多い省として知られる。重慶が直轄市に昇格し四川から分離するまで、四川省の人口は1億人を超えていた。現在の人口は重慶が約2900万人、成都が約1400万人。四川省全体の人口も約9000万人と、再び1億人に迫りつつある。近年、沿海地区の人件費高騰や人手不足に悩んできたPCブランドメーカーやEMS/ODMメーカーにとって、豊富な労働力は魅力だ。さらに、中国と欧州をつなぐ物流ネットワーク「新ユーラシアランドブリッジ」を利用すれは、重慶や成都からドイツまでの所要時間がわずか13日と短く、欧州市場向けの拠点にもなるなどインフラの充実ぶりにも目を見張るものがある。

 こうして、これまでに進出を決めた主要メーカーは重慶が8社。ブランドメーカーではHP、Acer、ASUSが顔を揃えたほか、EMS/ODMではフォックスコンに、ノートPC出荷量で2010年、世界第1、2位を占めたQuanta ComputerとCompal Electronics、Appleのスマートフォン「iPhone 4」のCDMAバージョンの生産を手がけることで知られるPegatron、さらに米書店大手Barnes & Nobleの電子ブックリーダー「Nook Color」の生産を受注したことで注目を集めたInventecもある。HPを除く7社はすべて台湾系だ。

 一方の成都は、ブランドメーカーがDellとLenovo。EMS/ODMでは重慶にも進出しているフォックスコンとCompal Electronicsに加え、Research In Motion(RIM)のスマートフォン「BlackBerry」の受託生産で知られるWistronの合わせて5社。ノートPCの受託製造からの撤退がうわさされるFlextronicsを除き、ノートPCの製造を手がけるEMS/ODMの主力が揃って重慶、成都に進出を決めている。

 台湾当局系のシンクタンク、台湾資訊工業策進会の産業情報研究所は2010年12月、2011年の世界のノートPC出荷量全体に中国西部地区生産分の占める割合が6~7%にとどまるとの予測を発表した。またNBの出荷規模が少量にとどまることから、部品サプライヤーの西部進出はかなり遅れるとの見解を示した。重慶や成都など中国西部地区が本格的に「世界のNB生産基地」になるには、一定の時間を要することになりそうだ。

 しかし一方で、中国の若い人材は既に、これまで人気だった上海や深セン、広州から重慶、成都に流れ始めている。とりわけ地方出身者にその傾向が強い。

 中国では独特の戸籍制度の影響で、例えば地方出身者が上海の企業で働く場合、企業から養老、医療、失業などの福利厚生を受けられないケースが極めて多い。さらに中国一の商業都市である上海には世界中から有力企業が集まる半面、競争も激しく、物価も高い。地方出身者にとっては、決して暮らしやすい土地だとは言えないのである。

 重慶や成都で働く場合でも、その土地の出身でなければ福利厚生の条件が悪いのは上海同様。しかし、上海に比べれば家賃をはじめ基本的な生活費が格段に安い。なにより開発に沸く新興の成都や重慶が、若者たちの目には魅力的に映っているようである。

 ネット上では、日本のYahoo!知恵袋やOKWaveに相当するQ&Aコミュニティでも「男、30歳、既婚。現在上海の外資系電子機器メーカーで中堅技術者として働き、給料は手取りで6000元(7万5000円、1元=約12.5円)あります。重慶か成都での転職を考えていますが、待遇はどうでしょうか?」という質問に対し、「手取りは4000~4500元程度に下がるでしょうが、物価を考えれば生活水準はむしろ上がるでしょう」という答えがベストアンサーに選ばれていたりする。

 筆者の周囲でも、中国人たちが「重慶」「成都」と口にするのを本当によく聞くようになった。つい先週も、親しくしているIT系企業を訪問した際、30そこそこの男性社員2人が喫煙所で、「お前、重慶か成都で仕事を探す気はないの?」「話はあるけど家族がいるし家のローンもあるから……」「単身赴任すればいいじゃないか。チャンスがあればオレはいつでも行くよ」といった会話を交わしているのを小耳に挟んだ。今後、上海や深センなど沿海地区と、重慶、成都など内陸部の人材を巡る綱引きはますます激しくなることだろう。