上海郊外にある家電量販店に掲げられたiPad 2の広告

 5月20日、四川省の省都(県庁所在地に相当)・成都市にある電子機器の受託製造(EMS)大手、フォックスコン(FOXCONN=鴻海精密工業)の工場で爆発事故が発生した。従業員3人が死亡、15人が重軽傷を負う惨事となったが、この事故を中国はもとより海外の主要メディアも一斉に報じたのは、同工場で生産しているのが、世界的ヒットを飛ばすAppleのタブレット端末「iPad 2」だったためだろう。

 フォックスコンは昨年まで、香港に隣接する中国深センの拠点でiPadを製造していた。ところが、深センを含む華南地区における人件費高騰や、深セン工場で従業員の飛び降り自殺が頻発するという事件が起きたこと(飛び降り事件の詳細は本連載の第1回目第2回目参照)から、生産拠点の中国内陸へのシフトを加速。成都の生産拠点も、こうした流れの中で設立が決まったものだ。

 フォックスコンは2010年7月、成都でiPadを生産する計画を決定。同年10月22日に生産開始を宣言した。当時の中国メディアの報道によると、着工から生産開始までに要した時間はわずか76日間。そのあまりの速さに業界には衝撃が走った。フォックスコンの郭台銘董事長は、「成都工場の建設スピードこそ、フォックスコンのビジネスのスピードを象徴するものだ」と自賛していたという。

 今回の事故原因についてはこの原稿を書いている時点で中国当局がなお調査中だが、初歩的な見解として、爆発の起こった研磨施設で出る可燃性のゴミが導管内に詰まったことが爆発を誘引したとの見方が強い。こうしたことから今回の事故後、フォックスコンがスピードを重視するあまり、従業員教育や設備のメンテナンスを怠ったことが事故を誘因したと批判する声も挙がっている。

 ところで日本の読者の中には、今回の事故の報道を通じて初めて、iPadが成都で生産されていることを知ったという人も多いのではないだろうか。

 成都がある中国の四川省、といって、日本人の頭に浮かぶのはどのようなイメージだろうか。東日本大震災の影響で公開が遅れたが、上野動物園にレンタルされたパンダかもしれないし、9万人弱もの死傷者を出した2008年5月の四川大地震も記憶に新しい。麻婆豆腐や回鍋肉など、中国四大料理の一つである四川料理を思い浮かべる人もいるだろう。

 これに対してEMS業界では昨年来、成都と、1997年に四川省から分離して上海や北京と同格の直轄市に昇格した重慶が、ノートPCの世界的な生産拠点として注目を集めている。そして、中国の20代、30代の若者たち、とりわけITエンジニアの間では最近、有望な就職の地として重慶、成都の人気が急上昇しているのである。

 中国政府は国家の大方針として、広東省や上海など、沿海地区との格差解消を目的に、内陸である中西部地区の開発を進行。同地区の中核となる直轄市の重慶と、四川省の省都・成都では、自らの土地を世界有数のノートPC産業基地に育成すべく、安い人件費や豊富な労働力をウリに、ブランドメーカーやEMS/ODMの誘致合戦を展開した。