マッチングのカベ

「ビジネスを生み出す仕掛け」は、「企業が提供する価値」と「市場のニーズ・ウォンツ」のマッチングから生まれます。ですから、事業力の法則は、

「事業力」=「コツコツ力」×(「企業が提供する価値」×「市場のニーズ・ウォンツ」)

と表記してもよいでしょう。この「企業が提供する価値」と「市場ニーズ・ウォンツ」のマッチングをいかににうまく取れるかがビジネスの仕掛けが機能するかどうかのカギになっています。この「マッチングのカベ」を越えなければ、その商品・サービスは市場では生き残っていけません。

 ですから、ビジネスを生み出す仕掛けを具体化したビジネスモデル、そしてそれを可能にする事業戦略は、このマッチングのカベを超えるものではならないのです。

 B2Bビジネスでは、これらの要素は普段は一般消費者からは見えません。ですから今回の震災により日本が世界に部品を供給していたことが一般の消費者に明らかになったのです。正しく認識していない問題は、それを認識するまではその人にとって存在しなかったと同じであるよい例です。

 B2Cのコンシューマビジネスでは、人びとのニーズやウォンツを把握して対応することが大事になります。しかし現実では案外おろそかにされてしまうのもこの部分なのです。よくSWOT分析を使ってビジネス創造すると耳にしますが、この方法だとどうしても自社の強みに重心を置いてしまいがちになります。先に述べたように、世の中全体を考えた場合に自社の強みだけで商品・サービスが売れるなどということはあまりありません。その程度の強みは他社も持っていると考えた方がよいのです。

 しかし、人間の成功体験や先入観はそう簡単には拭い去れるものではありません。多くの電機メーカーが、先進国に対応した高機能で高価な製品設計を長い間捨てようとしなかったために、新しく台頭した新興国の現地消費者のニーズやウォンツに合った製品との競争に負けてしまったことは否めません。

 このことは、いかに「マッチングのカベ」を乗り越えるのが難しいかを現わしています。逆に新興国は、この点に勝負をかけてきています。現地の消費者の財布に合った価格で、現地のニーズ・ウォンツをどんどん製品に反映しているのです。

 数年前から中国で山寨携帯電話が話題になっています。2011/2/7付日本経済新聞朝刊の記事「中国経済の展望(3)企業家精神が原動力に」によると、年間9億台生産される携帯電話の内、ゲリラ携帯(山寨携帯)が5億台を占めるというのです。

 この山寨携帯は、中国の人びとのニーズに合った商品であり、その戦略がうまく機能したためにここまで急速に発展してきました。技術的には普通の製品ですが、携帯は欲しいけれどもノキアなどのブランド携帯は高くて買えないという層に圧倒的に支持されたのです。

 単に格段に価格が安いだけではありません。小さなものは家内制手工業のような何百社という山寨携帯メーカーにより製造されており、その特徴は千差万別です。ほとんどがメディアテック社のチップを用いており、いくつもあるデザインハウスにより設計された、デザインや機能に特徴を持たせた山寨携帯電話が次から次へと生み出されています。

 あくなき事業の成功への情熱と尽きることのないアイデアにより、様々な山寨携帯電話が世に出ては消えて行きました。あるものはスピーカーを10個以上搭載し、またあるものはSIMカードを3枚も挿せるようになっています。有名ブランド企業の携帯電話そっくりのコピー品もあれば、iPhoneそっくりの携帯電話もあります。

 こういった携帯電話を求める人びとのニーズ・ウォンツに合わせて何百、何千種類という山寨携帯電話が生まれては、ライバルとの間の激しい競争と移り気な消費者の変化の影響を受けて消えていきます(山寨携帯電話の詳細については、電子書籍「山寨革命 Revolution of Production Way」に詳しく書かれています)。

 これは極端な例ですが、企業が提供する価値、即ち 商品・サービスというものが、いかに市場のニーズ・ウォンツと合致しなければならないか、そして激しい競争の中でニーズやウォンツに合わない商品がいかに簡単に淘汰されるのかが如実にわかる事例だと思います。

 そして、この事例にはもうひとつの特徴があります。それは、はっきりとわかる顕在化した市場のニーズ・ウォンツを短期間で追い求めている分野だということです。誰の目にも明らかなニーズを追い求め、周知の既存技術や手法で設計・製造し、法律や規制を潜り抜けて短期間に設計して市場に出すという熾烈な競争を山寨メーカーは続けているのです。