さて、この「もしもフォックスコンがこの世に存在しなければ……」という言葉が流行るきっかけになったのは、2010年の5カ月あまりの間に、フォックスコン深セン工場で働く工員12人が相次いで飛び降り自殺を図るという痛ましい事件が発端だったことは前回書いた。安い賃金と1日15時間にも及ぶ過酷な労働条件が招いた悲劇だとされ、郭氏は非難の集中砲火を浴びた。
さらに2011年5月20日には、iPad 2を製造している中国四川省成都にあるフォックスコンの工場で爆発事故が発生、18人の死傷者を出した。この原稿を書いている段階(5月26日現在)で事故原因はなお調査中だが、作業場に設置された除塵用のパイプに粉塵が詰まり、これが加熱して爆発を誘引したとの見方が強い。中国や台湾のメディアは、機器のメンテナンスや清掃を十分に行わなかったために粉塵詰まりが起こったとした上で、生産拡大を急ぐあまり管理がずさんになったことや、従業員のトレーニングを怠ったことが遠因になったとして、フォックスコンと郭氏を非難している。
こうして若い工員たちが自殺するという事実がある一方で、中国のネットには、フォックスコンの生産ラインで働いている従業員らと同じような若いワーカーと思しき人たちによる、こんな書き込みが相次いだということを、ここで紹介しておきたい。
「フォックスコンが無かったら、おれたちを雇ってくれた中国企業はあっただろうか?」
「フォックスコンが無かったら、メディアはおれたち労働者の声を聞いてくれただろうか?」
「フォックスコンのような労働集約型の企業がなかったとしたら、我々中国の膨大な労働力は一体どこへ行けばいいのか」
13億4000万人にまで膨れ上がった人口に、いかに働き口を創出するかは、中国にとって最重要の課題だ。こうした中、100万人という圧倒的な雇用を創出するフォックスコン、そして郭氏を、「低賃金でこき使われている」と見なされている若い労働者たち自身が評価しているのも、また事実なのだ。
「成功するためにはどうすればいいかなんてことは分からないが、おれたち人間がゴキブリのようにしぶとく生き抜いていけるということは知っている」
これは1980年代、ハンバーガーをかじりながらアメリカで飛び込み営業をしていた郭氏が、夜毎モーテルで自分に言い聞かせていたという言葉だ。
郭氏自身、この言葉を体現することで、100万人もの従業員を抱える巨大企業を築き上げたのだろう。今でも1日15時間働くハードワーカーだという。
「若者よ、懸命に働け。そしてもっとしぶとく生きろ」。心の中で郭氏は、若い工員たちに呼びかけているのかもしれない。