上海の大型書店には、Appleのスティーブ・ジョブズCEOの名言集の隣に、郭氏の経営指南書や飛び降り事件の内幕を描いた本が並ぶ
上海の大型書店には、Appleのスティーブ・ジョブズCEOの名言集の隣に、郭氏の経営指南書や飛び降り事件の内幕を描いた本が並ぶ
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 郭氏は、米誌『フォーブス』が毎年発表する世界億万長者ランキングの常連。2011年は資産57億ドルで179位(台湾3位)という、世界でも有数の大富豪だ。

 そして、郭氏の経営するフォックスコンは、「フォーチュン・グローバル500」で、2011年のランキングは売上高約543億ドルで第112位。Nokia(120位)、Dell(131位)、Apple(197位)、Cisco(200位)、Intel(209位)など、自らの顧客である世界的な有名企業よりも軒並み上位にいるのである。

 台湾の経済誌が主催する「理想の経営者」を選ぶ調査で、半導体のTSMC創設者の張忠謀董事長や、PCのAcer創設者の王振堂董事長と並び、郭氏は上位の常連。一方、中国でも、中国の工場を舞台に一代で巨万の富を築いた「チャイニーズドリーム」を体現した人物として認識されており、書店には郭氏の一代記や経営書が並んでいる。

 ところが一連の事件後、一つの工場に40万人もの工員が集められ働いているという一種異様な状況や、世界的人気を誇るAppleの製品を作っていること、そして工員たちは連日15時間も働いた上、数カ月分の給料をためてようやく、自分たちの作っているiPadを買うことができるといった状況が報じられるにつれ、フォックスコンは「血と汗の工場」という異名で呼ばれることになった。台湾では180人の学者が連名で、郭氏を「台湾の恥」と批判するに至ったのである。

 冒頭で紹介した「もしもフォックスコンがなかったら」という言葉遊びも、こうした状況の中で浮上したものだった。

 その後、フォックスコンが深セン工場の工員の基本給を900元から最高で2000元へと大幅に引き上げた際には、「人の心や命は金で買えない」との批判が起こった。

 この時点で中国や台湾のメディアや業界筋では、郭氏が安い労働力を使った規模の経営を方針転換するのではないかとの憶測が広がった。ところが郭氏の採った行動は違った。

 労働コストの高い深センなど華南沿海地区に集中していた生産拠点を四川省成都、湖北省武漢、河南省、山東省など中国内陸へと拡大。従業員数は減るどころか2010年5月時点の80万人から、同10月には92万人、同12月末にはついに100万人を突破した。

 こうした郭氏の行動に圧倒されたのか、このころになるとフォックスコンや郭氏に対する批判はすっかり鳴りを潜めた。メディアは再び、フォックスコンの成都工場から出荷されたiPad 2やホワイトバーションのiPhone 4のことばかりを報じるように
なっている。

 圧倒的な行動力で世間を黙らせてしまった郭台銘氏とは一体、どのような人物なのだろうか。次回は台湾や中国で定説になっているエピソードを拾ってみることにする。