設計も生産も手戻りは悪。ウオーターフォール型で一気通貫が理想と言われている。確かにYes。しかし,No。どうも日本人は極端に振れる。それでは戦略性は出てこない。

 19世紀。職人の時代。優秀な職人は何度も手直しをした。油絵は手直しには最適な画材である。ゴッホは素晴らしい絵を何作も生み出した。実は,近くで見ても素晴らしさは見えない。少し離れて見ると,絵具のタッチと色が混然と溶け合い別な世界が見える。もちろん,プロは近付いてタッチや色合いを凝視している。

 ゴッホ様でもキャンバスの前に立たなければ絵は描けない。しかし,出来栄えの確認には,離れて見なければならない。たぶん,ゴッホは近寄ったり離れたりを繰り返して名作を完成させていったのだろう。彼の芸術性は手戻りにある。

 大量生産の20世紀。上流から下流まで一気通貫が旗頭。生産から,設計,全て手戻りなしが理想。手戻りは悪.一気通貫は気持ちが良いが,その気持ちの良さが職人を芸術家から下働きに落とし込んだ。だから,一気通貫で出来る陶磁器は安物である。現代でも,名のある陶芸家は満足がいかなければ焼け上がった壺を自ら壊す。それを繰り返して,名作を作り出す。

 一気通貫は誰でもが芸術家になれる幻想を与える。しかし,それは一気通貫できる環境を整えている人の芸術であり,一気通貫の物づくりをしている人の芸術ではない。

 一気通貫できる環境の一つは部品などのモジュールである。一気通貫生産のためのモジュールは芸術品である。だから,組立メーカーから部品メーカーに利益がシフトすることになる。その意味では,一気通貫のためのモジュール供給という面では日本に力があるように思える。携帯電話の世界展開で日本は負けたと言われているが,電話を開ければ日本製の電子部品満載である。同じように,負けたと言われる半導体の製造工場では日本製の製造装置が多数稼働している。もちろん,モジュールも一気通貫で作ることは可能なので,この関係は再帰的,または階層的である。電子部品メーカーも半導体製造装置メーカーも安泰ではない。

 話を戻し,このような再帰的な構造や階層的な構造をアーキテクチャアという。この整備が,一気通貫のためのもう一つの環境である。これは職人が苦手とする世界である。物を作る人は物を愛さなければならない。アーキテクチュアを作る人はアーキテクチュアを愛さなければならない。どうも,製品や部品などの物レベルの視点はあるが,その環境までも視野に入れている人は少ない。つまり,アーキテクチュアを愛するご仁,会社が少ない。だから,物づくり大国の日本がもの造りアーキテクチュアの標準化を欧米に握られてしまう。そこが,日本の大きな問題点の一つである。

 賢明な皆様はお分かりのように,このような再帰的または階層的なもの造りは効率化かつ低コスト化しやすいが,高級品は作れない。高級品は行って帰っての繰り返しである。擦り合わせである。手戻りである.

 汎用品から高級品という日本の物づくりの新たな流れを見ると,昔の職人技では無理。一気通貫でも無理。日本の強さを前面に出したいなら,手戻りのシステム化が不可欠である。作っては直す,直しては作る。これをシステム化するのは難しい.

 当たり前だ。難しいことだから価値がある。源義経は,平家が防備を固めた一の谷を山側から攻めたから「ひよどりごえ」と史実に残ったのであって,山越えは難しいからと逃げたら,戦闘せずに逃げるか,当たり前の海から攻めて平家に打ち滅ぼされるかのどっちかしかない。挑戦とは難題に向かうことであり,難題から逃げることではない。

 さて,擦り合わせアーキテクチュアに話を戻そう。この擦り合わせをシステム化するためには,モジュールに擦り合わせのための糊代が無くてはならない。つまり,モジュール内で可変にする所と固定する所を決めなくてはならない。その上で,モジュールを積み上げた時に可変部がしっくりするような積み上げ方を考えなければならない。それも可変部がぶよぶよしたままではダメで,可変部が煉瓦の漆喰のような役割を果たさなければならない。

 具体的には,可変パラメータを内包したモジュールを用意し,モジュールとモジュールが組み合わさった時に最適な値にパラメータが自動調整されなければならない。モジュール同士がぶつかり合うのではなく,「江戸しぐさ」.互いに相手の事情を勘案して譲り合う必要がある。もちろん,譲り合うだけでなく,最高のハーモニーを奏でることも擦り合わせの目的である。

 その意味では,可変パラメータを持つモジュールと,その上でのパラメータ調整法を開発しなければならない。前者が標準化領域,後者が競争領域である。この結果,手戻りありでも,一気通貫と同じ程度の手間やコストで高級品を作っていかなければならない。

 手作りで名を成した有名ブランドが世界各地で店舗を持ち拡販している。大量生産と高級感の維持を両立させている,やり方はブランドごとに違うが,彼らは簡単な仕事をしているわけではない。挑戦者である。負けるな日本!