守・破・離
「ちょっといいかい次郎さん、相談があるんだ」。部長の相談事、また変な話でなければいいんですが…。
「いや、変な話とか困った事じゃないんだ。むしろ、イイ話だと思うんだが、どのタイミングがいいのか、その相談サ」。どうやら、前向きなことらしいのですが、タイミングと言うのでしょうか、間(ま)の取り方は大事ですゾ。
「例の藤田君のことなんだが、一生懸命にやっているし、部下の信望もあるし、これからドンドン開発を引っ張って行って欲しいんだ。しかし…、どうも遠慮って言うか、自分から進んで前に出る、そんな姿勢が見えないんだ。それを、どのタイミングでどうやって伝えるか、それを考えているんだ。何か、イイ知恵はないだろうか」。
例の藤田君、そうそう、覚えていますか、仕事に熱中して奥さんと、ちょっとだけですが揉めた、あの藤田君ですヨ。その時は、お局の“教育的指導”もあって上手く仲直りが出来て家庭も円満、以前よりもイイ意味で仕事に集中しているようなんですが…。
「仕事に集中しているのは分かるんだ。近づくとバリバリって音がするくらいだぜェ」って、部長の軽口、いつもいい加減ですヨ。「まあ、それは冗談として、頑張るのはいいんだが、何か物足りなくてナァ。もっと、藤田君の色と言うか、独自色を出してもいいと思うんだ。開発なんざァ、いつも新しくなくちゃあいけねえんだから、過去を気にする必要もないし、第一、前例を無視することから始まるんじゃあないか。それを、どうも気にするように見えるんだ。次郎さん、どう思う?」。
確かに、開発なんざァいつも新しい事ですヨ。ですから、前例なんて、何も気にする事ァありませんヤネ。しかも、開発のリーダーとして、皆を引っ張る役割なんですから、もうそろそろ、そういう意味でもしっかりしなくちゃいけませんワナ。
「部長、“守破離”の話をしたらどうだィ?」。突然ですが、実はアタシ、若いころ剣道をしていたんですヨ。その教えの中に、この守・破・離があったんです。
「守破離って、いつか次郎さんが言っていた、あの 守・破・離 かい?」。「そうよ、その 守・破・離 サ。どうも、藤田君の課題は、どうやって独自色を出すかというのと、これからどうやって行っていいか分からない、そこだと思うんだ。だから、守・破・離 の話をしてやるのがいいと思うんだ。守破離は開発にも当てはまるんじゃないかナァ」。
「そうか、確かに守破離は開発を考える上でも大事なことかもしれない。俺たちも、若いころは先輩から教えられたことを忠実に守り、それ上手く行った時期もあったが、問題はその後だったよナァ。一体、どうやって自分でやって行くか、迷ったり、悩んだ時期もあったぜェ」。部長も納得です。
おっと、守破離の説明をしなくてはいけませんヤネ。
守破離とは、剣道などの武道や芸事の稽古で使う言葉で、“守”は文字通り守ること。剣道の稽古では初級の段階で、師範の教えを忠実に守れというもので、とにかく愚直に教えを守り、基本稽古に励みなさいということですナ。
次の“破”とは、中級から上級へ進む段階で、師範の教えを自分なりに理解して、ある程度の実力を身につけたなら、他の流儀を学んだり、他流試合に出掛けるようなことですワナ。自主性と言いましょうか、基本に加えて自分のカタチを持てということで、少々型破りでもいいということですヨ。肝心なことは、この型破りでもいいからということで、破らなくちゃいけないのですゾ。
そして、“離”とは自己が確立した状態で、師範から離れ、自らが進んで独自の道を歩むことをいうのですヨ。
このように守破離とは、物事を学んだり稽古を重ねる中で、その成長過程を段階的に捉える指標とも言えるものなんですナ。逆に、今、自分がどの段階に居るのかが分かれば、次はどのようにしたらいいのか、それが分かるてェ事ですヨ。
「次郎さん、今宵は藤田君を誘って、いつもの赤提灯てェのはどうだろう?」、「おうよ、そりゃあイイ。行こうじゃないか」ってな訳で…。
部長が切り出します。「藤田君、いつもバリバリご苦労様、ありがとうヨ。ところで…俺たちはキミに期待しているんだが、そろそろ次のステップを考えなくちゃいけない時期に来てると思うんだ」。
「次って、今でもパンパンなのに、次のことなんて考える余裕はありません」と、藤田君、やはり“守”の踊り場で悩んでいるようですヨ。
「ははは、藤田君、君はもう次のステップに行ける、いや上がらなければいけないんだよ。次郎さんとも話したんだが、守・破・離 の“守”を卒業して、“破”にステップアップして欲しいんだ」。部長が守破離の説明をします。
「そうですか、守破離ですか。確かに、僕は守破離の“守”に囚われていたのかもしれません。先輩たちが遺してくれた業績を落としてはいけないと思うのに加えて、やはり、まだまだ学ぶことが多いと思っていましたから…」。
そこにお局、「ううん、もう十分よ。藤田君はもう立派な独立開発マンよォ。性格が律儀だから、先輩や周囲に気を使うのは分かるけど、もうそろそろ、自分の考え方を出したらいいじゃない。実績もこれだけ積んできたのだから、少しは冒険もしなくっちゃ!」。お局に頭が上がらない(奥さんはお局の後輩で、お局を姉のように慕っていますからね)藤田君、「京極先輩が言われるなら、そうかもしれません。ちょっとだけ一歩、踏み出してみます」。
アスパラも「藤田先輩、頑張ってください。ボクにも何かできることがあれば何でも言ってくださいね」って言うのを遮るようにお局が、「何を言ってんのよアスパラ、アンタに出来ることは、ついて行くことでしょう? 何かできるなんて、100年早いわよォ」って、厳しいですナァ。でも目は笑っていますワナ、アスパラが可愛い証拠ですヨ。
「いやぁ、守・破・離 ですか。中国では聞いたことはありませんでした。少林寺拳法もあるように、中国でも武道は盛んですが、守破離という言葉は無いようです。ひょっとしてあるかもしれませんが、何せ、文化大革命の時に、一旦、全てのことが否定されたので、その時に埋もれてしまったのかもしれません」。それはアリかも、“守破離”的な考え方、むしろ古来中国が元祖かもしれません、一度、研究してみましょうヤ。
藤田君、思い出したことがあるようで、「そう言えば、仕事を通じて多くの方とお話する機会が多く、当然、お話の内容はご担当との開発に関することばかりですが、先日も、新事業を仕掛けている経営トップとお話することがありました。その時、『これからは全てを見直し、従来の常識から離れなければ将来はない!』というお話を聞いたんです。その会社は地方の名門企業で、堅実な経営でも定評のあるメーカーですが、今は、知る人ぞ知る超開発型企業なんです。本業はしっかりしているのですが、それには飽き足らずというか、いつも危機感があるのでしょう、新しい部門に投資を惜しまないのです。今、こうして考えると、その会社は、既に 守・破・離 の“離”段階かもしれません。多分、その方は 守・破・離 はご存知無いのでしょうが、本質は同じです。本業を着実に守ったからこそ今があり、次のステップは独自性、そして、これからはもっともっと企業力を強くしなければという危機感から、全てを見直すという言葉が口に出たのだと思います」。
藤田君、よく見ていましたナ。確かにその通り、経営とは、同じことを繰り返しているだけでは成り立ちません。競争を仕掛けてくる者もいれば、安く抜け駆けする者も出て来ます。この経営者は、自分だけの新しい道を創る覚悟と勇気が出来たのでしょう。まさに“離”を実行しようとしているのですヨ。最近、ウチも含めて、第二創業や第三創業を目指す企業が増えているように感じます。しかし、パラダイムが大きく変わっていく中で、新しい道を創らなければ、企業の将来なんざァありませんヤネ。
世の中には優れた経営者がいますワナ、ウチも負けてはいられませんゾ。
さあ帰ろうかてェ時にアスパラが、「ところで、ボクは今、“守・破・離” のどの段階でしょうか?」って聞くのですヨ。当然、ここはお局が、「だからァ、アンタは100年早いのだから、守のずっと前、そうねえ“学”じゃない? とにかく勉強、学んでちょうだい!」って、ピシャリと釘を刺しましたヨ。
…そうなると、守・破・離 じゃなくて、学・守・破・離 てェことですか!?
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