PPM単位で水を添加するスーパーグロース合成法を基に量産化

 今回稼働させる、単層CNTの量産実証プラントの基になったスーパーグロース合成法は、2004年に発明された。産総研ナノカーボン応用研究センターの畠上席研究員は、CNT製造時の触媒となる鉄微粒子をケイ素製基板の上に塗布し、CVD(化学蒸着)法によって単層CNTを作成する際に、原料ガス(エチレンC2H4など)にごく少量の水分を添加することを試みてみた。

 すると、単層CNTが基板の上に垂直に、雨後の竹の子のように高密度で生えた。単層CNTの高さは2.5mmと長かった。生成した単層CNTを調べてみると、「単位触媒当たりの単層CNTの生成量が、従来法の数100倍と高効率だった」(畠上席研究員)という。しかも、単層CNTは純度が99.5%と非常に高純度だった。不純物であるアモルファスカーボン微粒子などが含まれていない高純度な点も、高性能な用途開発向けには好都合だった。

 水分をppm単位で原料ガスに添加すると、触媒の効率が大幅に高まる仕組みは、「水分が鉄などの触媒微粒子表面をクリーニングし続ける効果を発揮している」と、畠上席研究員は推論する。この水分を微量に添加する製造法であるスーパーグロース合成法は単層CNTの量産法として、「単層CNTの大幅なコストダウンが可能」と判断し、ナノカーボン応用研究センターは日本ゼオンと共同で量産化の共同研究を始めた。

 産総研ナノカーボン応用研究センターが日本ゼオンを量産化の共同研究相手に選んだ理由は、荒川取締役が日本ゼオンにいたからだった。荒川氏は東京大学大学院を修了後に、日機装に入社し、CNTの研究開発に従事した。その結果、気相流動法というCNTの連続製造プロセスの研究開発で成果を上げたことが、CNTの研究開発者にはよく知られていた。その荒川氏は途中、他社を挟んで、2002年に日本ゼオンに転職し、2003年7月には取締役になっていた。

 日機装時代の荒川氏の研究開発成果をよく知っていた、ナノカーボン応用研究センターの湯村守雄副研究センター長たちは、日本ゼオンに共同研究を打診し、快諾を得たようだ。この結果、2006年度から「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」がスタートした。このプロジェクトの出口が、単層CNTの量産を目指した実証プラントの設立と運営だった。

 この実証プラントは、高純度・高品質な単層CNTの量産品を1g当たり1万円以下で安定供給するために、低コスト化プロセスを大胆に導入した。従来の研究室の製造では、ケイ素基板の上に触媒微粒子をスパッタリングによってつけていた。これを、基板は金属薄板製の基板に、触媒微粒子を触媒溶液の形で塗布するやり方にと、それぞれ変更するなど、連続プロセスを前提としたやり方に切り替えた。特に、金属薄板基板(ステンレス鋼薄板)をベルトコンベアに載せる方式にした。単層CNTを生成した基板は、単層CNTが除去されると、ベルトコンベアに載って元の位置に戻って行き、合成処理を繰り返す方式とした。「金属薄板基板を再利用するベルトコンベア方式は、低コスト化に適している」と、荒川取締役は説明する。触媒となる金属微粒子も鉄以外の元素を検討している。

 単層CNTを合成する連続合成炉部分は、連続した4室で構成され、それぞれに他室のガスが混入しないようにガスシール構造をとる構造上の工夫を凝らした。この連続合成炉部分の設計は「日本ゼオン側でシミュレーションを重ね、構造などの最適化を図った」という。2010年12月下旬に、実証プラントの稼働運転を行い、単層CNTをうまくが大量合成できた時には、「産総研や日本ゼオンの担当者は胸をなで下ろした」という。

 同実証プラントは1時間当たりに単層CNTを100~150g合成できる能力を持つ。稼働時間の関係で、1日当たりの目標合成量を600gとしている。産総研と日本ゼオンは、平成23年度(2011年度)から2年間にわたって、実証プラントの安定稼働と、単層CNTの“量産品”を安定供給する実証事業に入る。平成25年度(2013年度)には、日本ゼオンは量産プラントを設けるかどうかの経営判断を下す。現時点で、世界中の単層CNTの年間需要量は約7tと見積もられている。日本ゼオンが目指す量産プラントでの年間生産量をどう設定するかは、大きな課題だろう。

 量産プラントを設置するためには、用途開発を担当する企業向けに、各社向けの仕様に応じた量産技術をそれぞれ確立し、ユーザー企業に“大口のお得意様”になってもらうことがポイントになる。各ユーザー企業の方は単層CNTの高性能を活かした製品を事業化することに成功し、国際市場で優位な事業を展開することを目指している。現在、学会などの場で公表されているものだけでも、単層CNT応用の独創的な製品の試作品は目白押しの状況だ。日本オリジナルな材料である単層CNTを基に、日本オリジナルな製品を市場に出すことで、日本の新成長戦略の一翼を担うことになるだろう。

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