産業技術総合研究所と日本ゼオンは、単層CNT(カーボン・ナノチューブ)の“量産サンプル品”を、用途開発を進めている企業に2011年4月から安定して供給するために、その生産態勢を固めている。

 日本企業が、ナノテクノロジーの典型的な材料であるCNTを応用した新製品を海外企業に先駆けて事業化するためには、安定した量産品質の単層CNTをkg単位で安価に供給する材料企業がないことには始まらない。CNT応用製品の仕様を固めることができないうえに、事業化の採算試算もできないからだ。このCNT量産品を安定して安価に供給する材料企業として、日本ゼオンが手を挙げ、その実証プラントを、2010年12月下旬に産総研のつくばセンター(茨城県つくば市)の敷地内に完成させた。現在、その慣らし運転中だ。化学メーカーであっても、本来、炭素系材料メーカーではない日本ゼオンが単層CNTを量産する事業に進出したのは、同社の荒川公平取締役・執行役員常務の存在が大きかったようだ。荒川取締役は、同社と産総研が単層CNTの量産を共同研究するキーマンを務めている。

 単層CNTは、産総研のナノカーボン応用研究センターのセンター長を現在務める飯島澄男氏が1993年に発見した。そして、2004年には同センターの畠賢治上席研究員が高純度な単層CNTを高効率で量産できる「スーパーグロース合成法」を発見し、その量産化に向けた研究開発を進めてきた。

 産総研と日本ゼオンが、スーパーグロース合成法を基にした単層CNTの量産実証プラントを稼働させ、2011年4月から単層CNTの量産品をサンプル供給することで、日本企業は単層CNTの応用製品を事業化する足がかりを得ることになる。この単層CNTの量産品供給は、日本の産業競争力強化につながるイノベーション創出の契機の一つになると、期待が高まっている。

 今回稼働し始めた、単層CNT量産事業を目指す実証プラントの日本ゼオン側の責任者である荒川取締役に、今後の事業展開の見通しなどを聞いた。

日本ゼオンの荒川公平取締役・執行役員常務
日本ゼオンの荒川公平取締役・執行役員常務

 2010年5月末に、産総研と企業5社の合計6機関は「単層カーボンナノチューブ融合新材料開発機構」という技術組合(東京都千代田区)を設立した。組合員として参加した企業は、日本ゼオン、帝人、住友精密工業、東レ、日本電気(NEC)の5社である。日本ゼオンが単層CNTを安定供給し、残りの4社が単層CNTの用途開発を担当する仕組みだ。同技術組合の理事長には、日本ゼオンの古河直純代表取締役社長が就任した。

 同技術組合は発足直後に、経済産業省からの委託事業「低炭素社会を実現する超軽量・高強度融合材料プロジェクト」を本格稼働させた。研究開発期間は5年間の予定で、2010年度の研究開発予算は約15億円である。

 さらに、日本ゼオンは産総研と日本ケミコンと共同で「カーボンナノチューブキャパシタ開発プロジェクト」を、経産省傘下の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託事業として平成18年度~22年度(2006年~2010年度)の5年計画で進めている。高性能な電気二重層キャパシターの実用化を目指したものだ。同プロジェクトのプロジェクトリーダーは荒川取締役が務めている。このプロジェクトの5年間の研究開発予算は約15億円である。

 日本ゼオンは、単層CNT応用の共同研究している相手企業向けに、単層CNTの量産品をまず供給する予定だ。各社はそれぞれ、単層CNTが本来持っている、優れた引っ張り強さや熱伝導率、電気伝導度などの性質を活かした応用製品の実用化を目指している。例えば、住友精密は単層CNTを分散させたアルミニウム合金複合材料の焼結体を試作し、熱伝導率を3倍向上させる成果を上げ、放熱用途などを検討している。また、日本ケミコンは高エネルギー密度と高出力を備えた単層CNT利用の電気二重層キャパシターを試作し、用途開発を図っている。

 同時に日本ゼオンは現在、共同研究している企業以外で、単層CNTの用途開発を図る企業に対しても、単層CNTの量産品を供給する構えだ。その際に、スーパーグロース法を基にした単層CNTの量産実証プラントの所有者は日本の行政府であるために「原則、利益は出せない」という基本ルールがあるため、サンプル価格をどう定めるかが検討課題になる。ただし、必要経費などの実費は徴収できる見通しなので、現在、単層CNT量産品を提供する際の“実費”を見積もっているもようである。

 単層CNTの価格は高純度や品質の度合いによって、かなり異なる。純度が90%以上の高純度の単層CNTは、米国やオーストリア、中国などのベンチャー企業などが1g当たり数万から20数万円で販売している。時には、同1万円以下のものもあるにはあるが、これは単層CNTの含有率が60%程度と低い品質のもので対象にはならない。

 今回、日本ゼオンは単層CNTの量産実証プラントを用いて、「外径が2~3nm、長さが100μm以上、比表面積1000m2/g以上で、成分のほぼ100%が単層CNTである高純度・高品質な量産品を1g当たり1万円以下で安定供給することを目指している」という。将来の安定供給時の価格を前提にした量産サンプル”品の当面の価格である。量産時には一層の低価格化を図る計画だ。

PPM単位で水を添加するスーパーグロース合成法を基に量産化