光吉 それで面白くなって,ホームページだけではなく,通信モデムやコンピュータの自作も始めた。何も知らない素人だったことが幸いしたのかもしれません。インターネット時代には3次元CGが普及すると考え,3次元CG用のコンピュータも開発しました。ちょうどITバブルの時期で投資が集まったので,光吉研究所という会社を立ち上げたんです。

加藤幹之氏
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加藤 1990年代半ばというと,SGI社やSun Microsystems社のワークステーションが全盛でした。

光吉 でも,SGI社のマシンはIT業界のフェラーリですから高価すぎて手が出ない。だから自分でイチからハードウエアについて学んで,自作するしかありませんでした。

 今考えれば,開発したハードウエアは結構高性能だったので,それを売ればよかった。でも,そのマシンで作成したCGを売ろうと思ってしまった。芸術家の気持ちが抜けなかったんですね。そうした取り組みをしているときに,大手の精密機械メーカーから3次元スキャナーの応用技術について相談を受けました。そこで提案したのが,音声で命令すると3次元CGのアニメを自動作成するシステムです。

 でも,今でもそんなシステムは存在しないことからも分かるように,開発のハードルは高かった。コンピュータは人間の感性的な言葉を理解できないということにあらためて気が付くんです。結局,音声認識ではなく,マウス操作のCGソフトウエアを開発して納入しましたが,納得がいくものではありませんでした。

 悔しかったですね。これがSTの開発を始める原点です。コンピュータに人間の感性的な言葉を理解させるためには,心を理解する必要があるんだと思いました。

加藤 ハードウエアと同じで,ないものは作ればいいと。

光吉 その通りです。「ないものは作ればいい」という発想は,芸術家としてのどうしようもないリビドーだったと思います。100年掛かってでも作ってやるという思いで感情認識の開発を始めました。空手魂ですかね。とにかく打ち続けて,手が壊れても打って,ブロックを壊すというような(笑)。

人の笑顔が利益になる会社にしたい

加藤 そうして開発したSTのビジネスは,今どういう状況なのですか。

光吉 基本的には,感情認識エンジンの技術をライセンスするのが,AGIのビジネスモデルです。現在は,特にメンタルケアなど医療系で大きな応用があると考えて,パートナー企業や医療機関などと共同開発を進めています。

笑顔が利益になる会社に
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 芸術家は繊細な人が多いので,美大時代から心を病む人が周囲に少なくなかった。僕自身,幼いころから空手をやっていることもあって,殴っても殴られても平気という人の痛みが分からないところがあります。

 自閉症や発達障害の子供の中には,天才がいるかもしれない。ちょっとしたコミュニケーションのエラーがあるというだけで,その才能を開花できずにいる可能性がある。コンピュータ技術を使ってコミュニケーションを手助けできれば,隠れた才能を伸ばせるのではないかと思うのです。

 IT業界でも心を病む人は多い。自分で認めないまま命を絶ってしまう悲しい出来事も起きています。自分で言えない人に気付かせる技術が必要なのではないでしょうか。それをSTで実現したい。

 この数年で,fMRIを使った実験などを実施して,STを使った感情認識と,実際の脳活動や心拍数などがどれだけ一致するか調べてきました。かなり精度が高い認識技術として完成度が高まったと思っています。

加藤 起業家として今後,AGIをどんな会社にしたいですか。

光吉 社是にあるように「人々の笑顔を増やす会社」にしたいですね。笑顔が利益になる会社です。それほど会社の規模を大きくしようとは思っていませんが,いずれ社員に1億円の給料を支払えるようにするのが目標です。残念ながら,今はそんなに払えないですけれども(笑)。

 技術者には,勇気をもち,夢を捨てないでほしい。自分の技術に誇りをもって,頑固とわがままを貫いてほしい。私がこの十年間,何とか生き残っているのも,「感情」「感情」と馬鹿の一つ覚えで言い続けた結果ですから。

(この項終わり)