強面の印象とはだいぶ違う,豪快ではあるが柔和で屈託のない笑顔を見て,隣りで緊張して聞いていた我が妻の顔も,少し緩んできた。

 「これで通っているんでしょう?」

 私は,遠回しに所属ジムを聞く作戦に出た。

 「そうなんですよ。でもお得意様には,(危ないと思われるので)あまりバイクのことは,言わないんですけどね」

喜び,悲しみ,怒りなどを声で認識
開発した感情認識技術「ST」は,音声から喜怒哀楽を認識する。メンタルケアなど医療系システムやコールセンターの顧客対応システムなどで応用を目指す
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 ―― バイクのことが言えない? お得意様?
 この辺から,私の頭が混乱してきた。そしてついに,「どちらにお勤めなんですか?」と聞いてしまった。

 相変わらずやや高音で,軽いノリの光吉氏は,「実はソフト開発のベンチャーを経営しているんです」と話してくれた。「研究開発のために米スタンフォード大学にも行きました。面白いソフトを開発しているんですが,お陰様でだいぶ先が見えてきました」と微笑んだ。

 私は,耳を疑いながらも,肉食恐竜の飼い主の話術に聞き入ってしまった。

予想は,当たらずしも遠からず

 工学博士で,かつベンチャー事業の創業者。東京大学大学院の非常勤講師として学生の研究指導も手掛ける。これが光吉氏の素顔であった。

 ただ,私の予想も当たらずしも遠からずだった。光吉氏は,極真空手の高段者で,かつては自分の道場も持っていたというほどの腕前だ。まさに風貌通りの硬派で,国際級の強さだったようである。その道を突き進んでいれば,有名な格闘家の一角に名を連ねたかもしれない。

 現在,AGIの事務所は東京・赤坂の繁華街にあるが,皮ジャン姿で歩くと,どうやら大抵の人が道を開けるようである。底抜けに明るく,常に笑いに包まれているが,たぶん喧嘩をさせたらこの恐竜つかいに勝てる者は存在しないのだろうと思っている。

 だが,私が本当に驚き,同時に感激したのは,スキンヘッドで強面の工学博士や巨大なバイクだけではない。光吉氏の経歴である。彼が卒業したのは,多摩美術大学。専門は彫刻だ。彫刻家として少なからず受賞歴もある。芸術家を志した光吉氏は,なぜ感情認識などというITの世界に足を踏み入れたのか。STの理論を体系化するに至る道のりに,私は再度驚かされることになる。

(次のページは光吉氏に聞く「悔しかったので……」)