私は,1953年(昭和28年)生まれの57歳。日本では,この年の2月にNHKが誕生し,テレビ放送が始まった。10月には日本航空が創設され,第2次大戦後,国際的に管理されていた空の足が日本人の手に戻った。そういう年だった。

 私が少年期から青年期まで育った時代は,日本が戦後の復興から目覚ましい発展を遂げ,世界第2位の経済を築いた時期だ。必死で働き,働けば今日よりも明日,明日よりも明後日,より豊かで充実した生活を迎えることができると信じ続けた。日本経済の発展は,多くの天才的な発明家や日夜努力を続ける技術者によって支えられてきた。「科学や未来の夢」という言葉を普通に使っても違和感のない時代だった。

 「日本は元気がない」「技術立国日本はどうしたのか」。最近,こういう悲観的な話題を聞くことが多い。確かに,1989年12月に日経平均株価が3万8915円をつけて以降,日本経済は失われた20年をさらに継続しつつある。

 では,もう日本で技術革新やイノベーションは生まれないのか? 私は,決してそうではないと断言したい。まだ多くの元気な技術者・研究者がこの国には存在するからだ。

感情認識の理論を追求する芸術家

巨大バイクにまたがる異能の人
AGIの光吉俊二社長。愛車の「BOSS HOSS」製バイクを駆る
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 今回紹介する技術者もその一人である。現在の日本では,絶滅危惧種に指定してもいい,類いまれなる肉食系。芸術系大学卒の彫刻家・建築家であると同時に,哲学から心理学,生理学,医学,工学,数学までを含めた,広範囲な知識と思考を持ち合わせた異能。未知の分野であろうと,海外であろうと,とことん追求する強烈な精神力と行動力。これらを持ち合わせた人物だ。

 光吉俊二氏。45歳。AGIというベンチャー企業の代表取締役社長である。AGIは「Advanced Generation Interface」の略で,その名の通り,人間とコンピュータをつなぐ次世代のユーザー・インタフェースを開発する企業だ。中核となる技術は,「ST (Sensibility Technology) 」。音声を使って人間の喜怒哀楽の感情を認識する技術である。

 数年前にNECがこの技術を使って開発し,話題になった「言花(ことはな)」と呼ぶ花の置物を記憶している読者もいるかもしれない。マイクに向かって話すと,話し手の喜怒哀楽の感情を花の色を使って表現するという技術だ。

 このほかにも,ニンテンドーDS向けゲーム・ソフト「音声感情測定器 ココロスキャン」やコールセンターなどでの応用が注目を集めた。最近では,メンタルケアなど医療系への応用を目指して感情認識の精度をさらに磨く開発を進めている。この認識理論の提唱者であり,10年以上,応用技術の開発を続けているのが光吉氏である。