政治家はまずは屍になるべきか!
明治維新の偉人
若手政治家と飲んでいるとよく明治維新の話になる。わが国を覆っている閉塞感が、明治維新という革命的な変化を望む声になるのであろうか。
そして、次に出るのは「明治維新の偉人で誰を尊敬するか」という話である。明治維新の偉人と言えば、吉田松陰、坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通、高杉晋作、等々多くの偉人たちの名前が挙げられる。とりわけ今、若い政治家の中で人気なのが「坂本竜馬」である。テレビの影響であろうか? また、次点では「高杉晋作」、「西郷隆盛」も人気である。ちなみに菅総理も高杉晋作のファンである。
私も尊敬する人物として「大久保利通」を挙げているが、それは彼が国のために親友さえも殺し、死ぬときに財産を全く残さなかったという潔癖さを尊敬するからである。
ここまではよくある話かもしれない。そう、実は最近、ある種の違和感を感じているのだ。
無名の戦士たち
それは、「偉人は偶然生き残っただけで、偉人の前には志半ばで死んだ多くの志士がいる」と考えてしまうからである。皆さんは、河上弥一、赤祢武人、松崎(赤祢)武人、神山(上山)力助、清水清太といった名前を聞いて誰か理解できるだろうか。おそらくできる人は本当に数少ないと思う。
なぜならば、彼らは長州奇兵隊のメンバーで、志半ばで命を失った人たちだからだ。下の写真を見ていただきたい。

これは奇兵隊の面々の写真だ。農民風、侍風、西洋風が交じり合った独特の雰囲気を醸し出している。私もこの写真の方々の名前を知らない。おそらく世の中を変えるため、いや、何かことを起こすために戦っていったのだろう。
鈴木貫太郎の言葉


1945年(昭和20年)4月7日、79歳の鈴木貫太郎は、組閣後の第一声において「行け一億よ余の屍を越えて」と述べた。この言葉についてはいろいろな解釈があるが、私は「まずは自らが死ぬ決意で事に当たる」ことを国民に伝えたかったのではないかと思っている。
吉田松陰は、自らを「狂愚」とよんだ。 「狂は常に進取に鋭く、愚は常に避趨(ひすう、逃げ出す動きのこと)に疎し」
雁屋哲氏によると、「狂」は積極的に何事かを進み取ることに鋭い。「愚」は逃げたりすることに疎いということである。
また、吉田松陰は『狂愚誠に愛すベし、才良誠に虞(おそ)るベし』と言った(参照:「松陰詩稿」『全集』第七巻二O五頁)。これは「積極的に真っ直ぐ進む狂愚は愛すべき人物で世の中を変え、才良に富む頭の良い秀才がいかに問題かという」ことを述べたのではないかと私は解釈しています。
政治家は偉くなるより国のために最善を尽くすべき
政治家になるということは、まずは、国のために自らが死を覚悟したのだと言うことと同値ではないだろうか。そして最近とくに「この国難に当たるべき政治家は名を成すことよりもまずは国のために最大限の力を尽くすこと」を考えるべきではないかと、私は考えるのである。
当たり前のことであるが、当たり前のことができていないからこそ、わが国は低迷しているのではないだろうか。まずは政治家の心構えが変わる必要があろう。
そのためには、まず、「私自身が」変わらなければならない。自分の思い、どのような日本を作るかをこれからの連載で改めて一から、明確に打ち出して行きたい。
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