もう1つ、部品メーカーの図面に関して指摘できるのが、幾何公差が使用されていないという実情である。このことは、意外と多くの部品メーカに共通して見受けられるようだ。改めてそのコンセプトからよくよく考えてみれば、幾何公差という概念こそセットメーカー目線の産物以外の何者でもないのではないだろうか?

 部品メーカーとはその名の通り、ひたすら部品を作る。これをアセンブリして所望される機能を実現するのがセットメーカーの使命だ。その際、部品にはものづくりの必然として、確率的に出来上がり形状にバラつきができるため、そのバラつきを制御してアセンブリを成立させる範囲内に抑える必要が出てくる。これを担うのが幾何公差である、というのは常識だったはずだ。

 部品は当然、正確性が求められ、寸法はある範囲でキッチリ出来上がるべきものだが、これをアセンブリするときは寸法にバラつきがあるのを前提にしなければならない。そのバラつきを制御するために、例えば一カ所を固定したら他の場所は逃がす、そうすることで姿勢を制御する余地を生み出す。姿勢を制御された部品と、他の姿勢制御された部品がある幾何的な位置関係に収まってくれれば機能が成立する、というようにするのはセットメーカー必須の設計手法である。

 セットメーカー側にはあらゆる部品が集結してくるわけであるから、どの部品とどの部品がどういう位置関係にあるべき、というのが客観的に見えるし、それを制御することそのものが設計であるともいえる。だからセットメーカーには、幾何公差を適用するための十分な理由と動機がある。

 ところが部品メーカー側では、これが見えない。自社の製品(部品)がどのセットメーカーのどこに使われて、またどこの企業の部品と組み合わされるか? などはむしろ不明な事の方が多い。従って、あくまで自分で制御できる範囲内で寸法を管理するしかないケースが圧倒的に多い。

 というより、組み合う相手に応じて相性を盛り込んだ設計の部品では、製品の汎用性がスポイルされてしまうのである。汎用的な部品を供給するサプライヤーとして、自社なりに寸法を管理することは、まさにサプライヤーたる所以でもあったのだ。

 もちろん自動車業界に見られるように、設計段階からセットメーカーと緊密に協力してえ作業を進める体制で、番線いくつあたりの部品はどういう姿勢にすべき、というのが機能として求められる状況では、幾何公差が当然管理対象として入ってくる。

幾何公差の適用できない致命的な理由

 もっともそれ以前に、一般的な部品メーカーにおいて幾何公差を導入できないもっと現実的な問題がある。それはほとんどの部品メーカーでは、その部品品質検査において形状寸法管理に投影機を使用している、という事実だ。

 部品形状管理に投影機を利用している、ということは、ピントのあったその位置高さでの平面座標しか測定できないということである。つまり、測定できるのは2点間の距離に過ぎない。同一平面上の寸法しか把握できなければ幾何公差的な管理は不可能、だから図面にも寸法公差しか存在し得ないことになる。

 筆者が以前在籍したセットメーカーの開発部門ではもう30年近く前から、部品が設計どおりにできているかどうか把握すべく、3次元測定器を導入していた。これは今にして思えばセットメーカーとしての、ある意味エチケットでもあったわけだが、筆者は当時から幾何公差を適用した図面を当たり前に書いていた。なので部品メーカーのこの実情は、とてもショックな出来事であった。

 繰り返すが、この部品メーカーは東証一部上場、国内では同分野でNo1、世界でも5本の指に入る極めて有力な企業であった。そのため、ショックはなおさら大きいのである。

(次回に続く)