6種類のアセンブリ図面の1つ、「製品別部品表」の内容は、一般的には部品表・BOM(Bill Of Materials)に材料欄として記載される情報に相当する。ただこの部品メーカーでは、部品表は部品表として、それとは別にアセンブリ図の1つとして製品別部品表という名の独立した図面を使う。

 本連載第1回で、部品メーカーは多様な顧客ニーズに応えるために、理論上何百万種類ものバリエーションを扱うようになった、と述べた。たとえ製品1つひとつの部品点数が少なくても、部品同士の組み合わせから発生するバリエーションは膨大である。この部品メーカーは創業直後からバリエーションを管理する必要に迫られ、その手立てとして製品別部品表という名の図面を独立して運用するようになった、と思われる。

 さらに特徴的なのが「分析図」だ。分析図とは、多種多様な製品バリエーション(仕向け)を構成する部品すべてを鳥瞰図で一覧できるように表現した集合図のことである。例えばA、B、Cと3つの部品から構成される製品で、Aには2つのバリエーション、Bは必ず1つの形状、そしてCは3種類の形状バリエーションが存在する場合、A1 A2 B C1 C2 C3 というように合計6種類の各部品形状がまとめて1枚に表記される、という、これもアセンブリ図面の1つである。

 本連載の前回で、この部品メーカーにはBOMという概念が無かった、と書いた。もしかしたら、多様なニーズに応えるサプライヤーとしての性格が管理を煩雑なものにし、BOMというシンプルな概念と相容れるところが少なかったのかもしれない。しかし逆に言えば50年も前、3文字単語に代表されるIT化が声高に叫ばれるはるか以前に、人間系の知恵と工夫で何とか管理をしてきた名残がこれら多様なアセンブリ図に見られる、とも言えるのだ。

 問題は、これらの木目細かい先人の工夫をいかにITに落とし込んでいくのか、である。これは歴史が長いほど困難になっていく、というのは言うまでもないだろう。

言葉遣いの二面性

 もう1つ、部品メーカーにおいて客先文書と社内文書の2重管理によって、図面のバリエーションを増やしている要因があるように思われる。それは言葉遣いの問題である。

 セットメーカーの場合は、すべての部品をアセンブリして最終製品をリリースするわけであり、図面は下請け企業に対する指示書的な性格を帯びる。部品メーカーにとっても「部品の部品」の図面は、下請けに対する図面であるのでセットメーカーと同様に、指示書的な性格を持つ。指示書的図面において注記の文体は当然、指示なので命令形となる。「~すること」「~してはならない」といった表現だ。

 筆者は以前セットメーカーの技術者として、命令口調になるのが当然という感覚を持っていたものである。図面は神聖なものであり、創造主たる設計者はその立場からモノを定義する、という意識があった。

 しかし部品メーカーが自社の製品、すなわち部品をセットメーカーに納める際には、図面は客先文書になる。従って指示書的性格とは一変した「~のような場合においては~させていただくことがあります」のような表現を多用する。筆者は、部品メーカーに入って初めてていねい語を使った図面に遭遇したときに、かなり愕然としたことを記憶している。セットメーカーにいたときも当然、客先文書に関してはそのように表記していたが、それはドキュメントというカテゴリーに扱われるものに関してであり、図面の範疇には入るものはていねい語ではなかったのである。

 セットメーカーでは、サプライヤーから納入されている部品の図面を作成するときには、そのサプライヤーの納入図面か仕様書の内容をコピーすることが多い。そのままセットメーカーの図面フォーマットに当てはめて図面にするわけだ。つまりサプライヤーから客先に提出する図面は、差し上げるもの、献上するものという位置付けになる。

 このように言葉遣いの問題によっても、部品の部品メーカーに対して出す場合と、客先に出す場合で、サプライヤーの図面には異なる性格が要求される。つまり、性格の異なる同じ図面が二重に必要になる、という状況なのである。

部品メーカーならでは?の文化

 ただ、ここまできて少し疑問に思うこともある。

 社内文書と社外文書を、性格的に別管理にせざるを得ない事情を差し引いても、この部品メーカーでは1枚の図面で描ける情報をわざわざ別の図面としてバラバラにして管理している。それはなぜだろうか? 断面で構成を表記し、部品構成と材料を表記し、そこにBOMを記入する、というように、一般的なアセンブリ図では情報を集約して組み合わせる。それを、この企業では別々の図面に分散させている。

 よく見ると部品図において、その傾向はさらに顕著である。「部品図」「刻印図」「彫刻図」「印刷図」「出力部詳細図」「局部カンゴウ図面」とあるが、これらは一般的には、1枚の図面の中に異なるビュー(例えば詳細図)として配置するような性格のものなのである。

 その理由として筆者が考えるに、製品の大きさによるものではないだろうか。この企業の製品は、ほぼすべてがA4判図面で原寸大表記できるような小さいものである。過去からおそらく、ほとんどの図面がA4で表現できた。そのため図面はすべてをA4で表記しよう、という暗黙の文化ができてきたようだ。

 サイズの小さい製品の図面でも、ビューが多数になってきたらA3判に移行する、というのは普通にあり得ることだ。しかしこの企業では、そのような場合であっても過去からの習慣によって、A4判に描くことを固守し続けたのではないか。製品のサイズが図面サイズに影響し、さらに管理にまで影響してしまった、という特殊な事例と思われる。

そう考える根拠は、この企業の図面規定だ。創立当初から現在まで生き続けている、伝統ある図面規定上は、図面の分類定義がA1判まで存在している。つまりもともと図面サイズはA4判限定ではなかったはずだ。事実、過去の図面で数10枚程度のA2判図面も存在している。その図面の対象部品はA2判でないと定義できないほど大きくはなく、大きさという物理的制約で例外的にA2判にしたものとはいえない。

 筆者のいたこの部品メーカー以外でも、似たような「文化」の例はあるのではないだろうか。部品メーカーならではの、なにげなく確立された文化が、後にIT化を阻害する壁になってしまう。その文化が確立した時期には、おそらく今日いわれるようなIT化の対応は、予測できなかったであろう。

(次回に続く)