「部品表(BOM)」のない「部品」メーカー

 ところで、筆者が身を置いた部品メーカーで、ある機種を開発していたときのこと。その機種がいよいよ量産に入るための最後の承認会議が開かれた際、その席上でまたしても「前回の設計変更」に匹敵する驚愕の発言があった。生産管理部門の課長が「この機種の部品構成表は一体いつ頂けるのですか? それが頂けないと部品手配ができませんよ!」と言ったのだ。

 部品メーカーにも、その製品を構成する部品を供給するべく複数のサプライヤーがあり、それぞれのサプライヤーは日常的に、樹脂成形やプレス成形で「部品の部品」を製造している。そこに割り込んで、新製品の構成部品も供給もらうよう依頼しなければならない。というより、この部品メーカーのサプライヤーについていうと、過去の55年の歴史の累積による既存機種のための部品の供給で非常に多忙である。新製品分の部品がいつどれほどの量だけ必要となるのか、ということは特に早めに伝えておく必要があり、それがない限りサプライヤーは対応できるわけがない。

 この部品構成情報がないという事態は、ITを使っているかどうか以前の問題だが、それに加えてIT化の問題もある。筆者は前述の通り、「情報のデータ化」はその情報の流れの上流側から適用しないと意味がない、と考えている。上流からデータが流れてこないのに、下流側だけITを導入することは意味がないため、そんなIT導入を進める企業があるわけがない、とすら思っていた。ところが上記のやりとりは、その「常識」に真っ向から反する事態が現実に存在することを意味するものだった。

 この部品メーカーは、下流システムに当たるERPは導入していた。ERPシステムでは、部品構成情報が登録されていないと部品手配の処理ができない。だからその部品構成情報が欲しい、と生産管理の課長が主張したわけだ。

 それにもかかわらず、承認会議の土壇場で部品構成表がないという事態がいかに異常か、という認識がこの企業にはあまり見られなかった。本質をとらえることなくコンピュータ化を実施してしまうと、個々の業務がルーチン化してしまい、担当者にとって業務の意味を見出しにくくなってしまう。その結果、業務のために業務を遂行するような状態になり、このような本末転倒も発生してしまうのだろう。

取り残されている設計部門の情報化

 ここで登場するのがBOM(Bill Of Materials)というアルファベット3文字の単語だ。日本語では前述の部品構成表や部品表が同義語になる。この部品メーカーで試しに「BOMを知っているか」と聞いてみたところ、知らない人が多くてまたしても驚いた(部品構成表と言えば、それに相当する社内帳票もあるので意味は通じたが…)。

 情報をコンピュータで扱えるようにすることを「情報のデータ化」と表現した。BOMも部品構成表をコンピュータで扱えるようにデータ化したもの、ととらえられる。一般的に部品構成表の状況は部品メーカーもセットメーカーも同じで、それぞれのメーカーで設計開発部門、資材調達部門、そして製造部門の3種類の立場でそれぞれ三者三様に利用される。利用される、ということは情報を作る人がいることになるが、この作る人がほかでもない設計開発部門なのである。

 このことを指して「製品ライフサイクルの最も前工程は設計開発部門」と表現することが多いが、源泉で作られない情報はだれも利用することができない。言いかえると、「情報化」は最も前工程である設計部門から適用されるべきなのである。コンピュータ武装することで企業の生き残りを賭ける、というのであれば。
これができてはじめて後工程である資材調達部門や製造部門に、設計開発部門を起源とするBOMによって効率的、計画的に情報が伝わっていくのである。

 この「BOMという情報を扱える」ようにすることが、「立体的に表現する」という以上に3次元CADの機能として重要だ(表2)。特に、1つの部品からの展開機種の多い部品メーカーでこそ、セットメーカーの比ではない絶大な恩恵を受けられるはずである。しかしこれまで、BOM化にポイントを置いた3次元CAD導入の例はきわめて少なく、部品メーカーではERP導入を先行させてしまった結果、中途半端な状況になっている。

表2●3次元化の2つの意義「立体表現」と「情報のデータ化」の位置付け
立体表現 情報のデータ化(BOM化)
セットメーカーでの事情 とりあえず「3次元CAD=立体表現化」で導入を進めることができた 立体表現の視点のみでも3次元CADの導入が進んだおかげで、情報データ化視点への改革へと比較的スムーズに進むことができた
部品メーカーでの事情 立体表現自体は部品メーカーにとってそれほどのメリットはないため、立体表現のみを視点とした3次元導入は、本質的には進まなかった。一部Webでの見積もりやサンプル提供などでは、立体表現を視点とした3次元CAD導入が進んだ 従来は3次元CADと情報データ化のつながりは分かりにくかったため、3次元CAD導入が後回しになった。そこで、つながりが見えやすいERPなどを先行させた結果、情報の下流からのIT導入になってしまった。「情報のデータ化」とは今まで見過ごされてきた重要な3次元CAD導入のもう一つの意義である

 BOMによって相互に関連付けられていない状態のままでは、膨大な図面の山をはじめとする旧態依然とした情報群は、資産というよりもお荷物となってしまう。新陳代謝の悪い部品メーカーではなおさら、それが課題となってのしかかってくる。レガシーデータと呼ばれるこの情報の山は、コンピュータ・システムの導入において大きなネックとなるもの、とまずはきちんと認識すること、これが本質的な情報のデータ化への第一歩として肝要であり、それなくしてここからの大仕事は達成不可能と言っても過言ではない。

(次号につづく)