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技のココロ

「釜」第5話『「分かっている」なんて言えない』

  • 文:国分樹生=ライター,仲森 智博=編集委員 撮影:藤森 武
  • 2010/08/19 15:00
  • 1/6ページ

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中子を仕込んだ甲と底の鋳型を固定し、そこに溶かした鋳鉄を流し込む。(以下5点写真:大西清右衛門美術館提供)
中子を仕込んだ甲と底の鋳型を固定し、そこに溶かした鋳鉄を流し込む。(以下5点写真:大西清右衛門美術館提供)

 鋳鉄は、炭素分が2.0%以上含まれる鉄で、鋼に比べ炭素量が多い分、硬く脆い。一方で融点が低く溶解させて加工することができるので、叩いて延ばす鋼に比べ加工性に優れる。黒鉛が振動を吸収するといった特性もある。さらに、鋳型さえ作れば同じものを量産できる上、再溶解してリサイクルすることが可能であるため、現代でも工業製品の素材として広く使用されている。

 日本では古来、仏像や護摩炉などの法具のほか、煮炊きに使う生活用具などに鋳物の特性が重宝され、広く使われ続けてきた。素材となる鉄は、たたらで砂鉄を原料にして作られる和銑(わずく)に対して、明治以降、安価で品質の安定した鉄鉱石とコークスを使う高炉によって作られる洋銑が取って代わり、仕事の進め方も大きく変化して現代に至っている。しかしながら、現代のブレーキやシリンダーなど鋳造部品の制作も、奈良時代から続く釜作りも、鋳鉄を溶解した「湯」を型に流し込んで作る、という原則に何の変わりもない。そして、現在の技術を取り入れつつも往時の手法を色濃く残した釜作りを行っているのが、大西清右衛門(おおにしせいうえもん)を始めとした釜師たちの仕事といえるだろう。

鋳込んだ後、鋳鉄が固まってから鋳型を崩す「型開け」を行なう。
鋳込んだ後、鋳鉄が固まってから鋳型を崩す「型開け」を行なう。

 彼らによる釜作りのハイライトとも言えるのが、溶かした鉄を鋳込む「吹き」だ。その工程を控え十分に乾燥させられた甲と底の鋳型と中子が、正確に組み合わされる。通常は湯を流し込んだ際に中子が浮かないように「型もち」とか「じょうがね」と呼ばれる小型の鉄片を、鋳型の上となる底部分の中子に設置する。大西もこの方法を使うことはあるが、型持ちの周りに余分な隙間ができてしまうのを避けるため、当代である彼の代から「引っ張って中子を固定する」という独自の方法を採用している。

 中子を組み入れた鋳型は、底の方を上にして組まれる。そこに、湯を流した際の熱やガスなどで鋳型がくずれないよう掛け木を上下に渡して麻縄などをかけ、とんぼをさしこんで固定する。

 ここに炉で熱して吹いた鉄、すなわち溶解した鉄を杓に移し、保温と不純物を吸い込むために藁灰などのノロ(溶解した不純物のこと)取りを入れて、湯口から注いでいく。1500℃以上にまで温度が上がり赤橙色に溶けた鉄が一気に注ぎ込まれ、やがて湯口一杯にたまってくる。表面張力でドーム状になった鉄があふれる寸前に流し込みを止めたら、鋳型を横に倒して余分を流し出す。そして鉄の丸棒を押し込み、湯口部分を平らにする臍(へそ)押しを行う。込め中子で作った場合は、鋳物の収縮割れを防ぐため、中子の内側に切り込みを入れ壊れやすくしておく。溶かした鉄が釜になっていく工程はそれまでの工程に比べるとごく短い時間で終わってしまう。しかし「それまでの地道な作業が報われるかどうか息を呑む瞬間」だと大西は言う。

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