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ひき上がった鋳型に霰を打っていく。(写真:大西清右衛門美術館提供)
ひき上がった鋳型に霰を打っていく。(写真:大西清右衛門美術館提供)

 春本番にはまだ少し早い一日、大西清右衛門(おおにしせいうえもん)の工房では、鋳型に霰(あられ)を打つ作業が進められていた。作業を担当する岸野健義は、大西と芸術大学時代からの「仲間」で、大学卒業後、本格的に釜師の仕事に入った大西がスカウトしてこの工房の一員となった。それからすでに15年以上のキャリアを積んできた彼もまた、大西家の技術継承を担う一人である。

 水を張ったたらいに据えられた型の中をのぞくと、釜本体の上部にあたる甲から肩まで一面に霰の粒が打たれている。岸野は複数のライトで照らされたその鋳型にかがみ込むような姿勢で、粒ひとつひとつに先端が丸まったへらを押していく。整然とはしているものの、肩口部分と、甲の下部では微妙に間隔が異なっている。機械的に打っているのではなく、完成品となった時の効果を計算しながら打っているのである。現在は仕上げの段階で、あと数日で完成のところまでこぎつけたが、ここに至るまでに3週間ほどはかかったという。

鋳型に地文を描くための「へら」の数々。描く地文に合わせて新しく作ることも。
鋳型に地文を描くための「へら」の数々。描く地文に合わせて新しく作ることも。

 見れば、既に「玉」、すなわち、へらで押したくぼみはすでにできている。その、出来上がっているくぼみ一つずつに、改めてへらを押し付けていく。

「とりあえず、一回全部押して玉を作っていくけど、その時、下の玉に合わせて上に玉を押していくんです。そうすると、土が逃げていく感じになって、上に玉を打って広げられた土が、下の丸をつぶしてしまう。でも全部の玉をキレのいい玉にしたい。だから、もう一回小さめの丸のへらで一つずつ玉を押してから、大きめの丸のへらで押していくことを何度か繰り返して修正していくんです。こうすると、一つひとつの輪郭がはっきりした玉になるんで。ただ、小さな丸で玉の中心を正確に押すのは、結構難しい」

何度も霰を押しながら、理想的な大きさや間隔にしていく。(写真:大西清右衛門美術館提供)
何度も霰を押しながら、理想的な大きさや間隔にしていく。(写真:大西清右衛門美術館提供)

 自ら進めてきた作業を振り返るようにしばらく間をあけ、そして一息に語っていく岸野の手元には、先を丸くした棒状のへらが何本も置かれている。小さな丸で穴を押し広げ大きな丸で整えるという、言ってしまえば単純そうな作業にも、いくつものへらを揃えているのである。それらは今回の釜の霰を打つために新しく作ったのだという。

「岸野君はこのへらを作るまでに3回くらい試作しているんやないかな」

 そう大西が言葉を添える。今回作っている釜は、「この釜の形状に霰を打ってほしい」という注文を受けたものだ。すでに木型は存在しており、それを基に釜を作ったこともある。しかし、その釜は地文を入れたもので、まだ霰を打ったことはなかった。だから、過去の作品の再現とはまた違うアプローチが必要だったと岸野は言う。