「はっは、次郎さんよォ、良いことは重なるもんだぜェ。ほら、例の開発なんだが、あの材料、期待以上の性能なのサ。それもとびっきりなんだ」。嬉しそうに、部長が小躍りしながら入ってきましたヨ。よっぽど嬉しいんでしょう、「さあ、今日は俺のおごりだァネ、早々に例の赤提灯、行こうぜェ!」。やれやれ、まだ明るいうちに赤提灯に行く話ですかァ? でも、分かるんですヨ、その気持ち。部長、本当に嬉しいのでしょうナ。

 コトのイキサツは、ある材料のリサイクルが発端です。元々は、うちの製品に使う材料なんですが、どうしても使えない成分があり、その分の一定の量だけ廃棄物として捨てなければいけなかったんです。その厄介者だった材料を、何とかして使えないかというのが動機です。まァ、後ろ向きかもしれませんが、捨てていた材料が使えるようになればしめたもの、正直、あんまり期待していたわけではありません。ところが、手を変え品を変えていろいろな細工をしていたら、予想もしない性能が出た、いや、出てしまったということなんですヨ。

 そもそもがダメモトなんですから、そりゃあ嬉しいに決まってます。その上、ならばこれを入れたらどうか、あれはどうかといった具合に、添加するものをあれこれ変えてみた結果、要するに、やることなすこと、すべてが良い方にいったのが嬉しいのですナ。こうなると、もう、リサイクルのために材料を何とかしようなんてェ次元を超えてしまい、新しい材料の開発になったわけですナ。部長をはじめ開発陣は、試作品の性能試験結果が出るたびに、「ヒャオー」「ワオー」と叫びっぱなし、まるで「スプラッシュ・マウンテン」(東京ディズニーランドのアトラクション)状態ですヨ。

 「確かに初めの動機は不純だが、こうなったら新規開発そのまんま。おれたちは誰も知らなかった新しい材料を開発しちまったんだ。しかも、ダメモトと思っていたのに、ダメの逆。もっと良くなるように、もっと性能を上げるようにするにはどうするか、皆、前向きにのめり込んでいったんだ。開発って、これでなくちゃあ、ナァ、次郎さんよォ」。そして突然「これって、よしの上塗りだァ!」。ははは、よしの上塗り、部長もうまいことを言いますナ。それは多分、恥の上塗りの逆の現象、そう言いたかったのでしょう、アタシもそれはあると思いますヨ。

 そもそも、恥の上塗りてェのは、ちょっとした恥をかいたときに、その恥を隠そうとして、さらに恥をかいてしまうようなことですヨ。アタシも含めて、恥の上塗り、しばしばやっちまいますが、会社の中では、なかなか、それを注意したりフォローしたりするなんざァできませんヤネ。特に、相手が上司だったら見て見ぬふり。結果、そのシトは恥をかいたままになってしまうことが多いようですナ。

 振り返ってみれば、開発における恥の上塗り的な事件、これも少なくはありませんゾ。大げさに言えば、クレーム隠しなんてェのも恥の上塗りかもしれません。不具合が判明したらただちに回収して直せばいいものを、ああだこうだと弁解している間に、さらに深刻な事態に落ち込んでいく。それこそ、恥の上塗りじゃありませんかねェ。当初、ささいな、あるいはすぐに対応すれば解決したはずのクレームが、そのうちに大規模なリコールにまで発展するような事態、実は、恥の上塗り的な対応に起因することが多いのではないでしょうかねェ。

 部長の言うよしの上塗りはこの逆で、皆のチームワークもさることながら、「良かれ」という想いが、さらに上塗りされるということが画期的(?)とも言えるくらい、素晴らしいことじゃありませんか。ちょっとした良いことがあって、その上にさらに良いことを重ねていく、よしの上塗り。正式に「よしの上塗り」という言葉をつくってもいいと思いますヨ。

 考えてみると、この「よし」と言う言葉、「良し」あるいは「善し」、そして「好し」とも書きますワナ。いずれもイイ意味ですゾ。開発がいい方向に行って良い。正しい開発は善い。そしてお客様が好いと思ってくれる開発。いずれも開発するときに、この、よしの上塗りを意識的にするてェこと、大事じゃありませんかねェ。さてさて、今夜は早めに赤提灯。そうそう、約束ですから部長のおごりですヨ。

 「いやぁ、本当に嬉しいよナァ。厄介者の始末のつもりが、大化けして新商品になるなんざァ、開発冥利に尽きるてェもんサ。さあ、今夜は俺のおごりだァ、存分に飲んでくれよ!」。お局も、「部長、アタシも嬉しいわよォ。だって、部長の嬉しそうな顔、本当に久しぶりなんだもん」。「そ、そうか、バレたか。最近の開発、コストコストで嬉しい話はなかったからナァ。今回は、ひょうたんから駒かもしれねえが、結果オーライ。とにかく嬉しいぜェ」。

 いやいや飲むほどに酔うほどに…、久しぶりに楽しいお酒です。お局も相当飲んでますよ。「さあ、次郎さん、一気飲み、やるゥ?」。「おいおい、そんなの競ってどうすんのサ」。アタシも相当飲んでますから、付き合いきれませんヤネ。とうとう、ひるむアタシに「何よォ弱虫! アタシのお酒、飲めないってえのォ?」。やれやれ目がすわってきましたヨ。これって、酔いの上塗りと言いましょうかネ。ははは。